僕は悪にでもなる
あれは蒸し暑い夏の日の午後だった。
その日が、僕の奇妙で不気味な感覚に襲われた初体験の日であった。
今でも鮮明に覚えている。
それは平然とやってきた。
寝汗をかきながらメラメラと照りあたる日差しに起こされた。
乾いた体を起こし熱気をかきわけ
古い木目の廊下を、音を立てながら歩いた。
台所がある部屋のドアをあけると、水場にいたハエがまい
いらだつ音が散った。
冷蔵庫に一直線に進み冷えた麦茶をコップに注ぐ。
あまりにも乾いたのどに、いらだちが増しコップ5分目に達する前にかき込んだ。
足らずともう一度いらだつ心を抑えて次はコップいっぱいに入れて
ゴクゴクと息を止めて一気に飲み干した。
満たされた水分とともにふーっと一息
落ち着いた。
すると落ち着いたスペースにすうーっと何かがやってきた。
起きても特にすることもやりたいこともない朝だけど
乾いた体を潤すという些細な目的があった。
お茶を飲んで満足するまでは、この奇妙で不潔な感覚がはいるスペースはなかった
満たされた水分とともにふーっと一息
落ち着いた瞬間何か間を与えずウイルスみたいなものが心に入り、あっという間に浸透する。
寒気が走った。奇妙な不安が襲ってきた。でも身を守るにも守れない腰がぬけた感覚。
怖くて仕方がないのに力がはいらない不安と恐怖。
心が抜けて脳にはりがなく、ここにあるのは私という体だけ。
どこにいけばいいのか、何をすればいいのか。
(吹き抜け)の窓から庭を眺めた
この家の静けさも、
見える木々や揺れる草々。
したたかに咲く花や元気に飛び回る鳥。
日影で眠る猫や平然と座る庭石。
何を見ても、何を聞いても寂しく見えた。
まるでこの世に存在するのは私だけだという体だけ。
そんな絶望感に包まれた。
寝汗で湿った布団にもぐり
恐怖からか目を閉ざし、熱気の中布団を覆った。
時代は、明治維新。日本の近代化。太平洋戦争。高度成長期と進み、成長期余韻時代に入った。
貧しく、悲惨でもその恐怖に原因と実体はあった
熱く燃え上がり、激しく働き、厳しい社会感の中にも意味と意義があった
社会が緩和され、ゆとりが生まれても心に穏やかさがあった。
今は成長余韻も消え。時代の名前すらつけられない。
そのはざまに生きる現代人にかかる病気。時代病。
そう社会に目的がなくなってきた。人々はどこに目的があるのかと彷徨いかかる病気。
意義、意味を探しても見つからない時代の中でたまらない恐怖に襲われている。
まんねりした時代。変わらない時代。平和で変化のない社会。
変わらない、変わりそうにない未来に生きる肥やしを失っていく。
失いそうな存在感。失いそうな生命力。消えそうな精神。
新世界を必要としている。
生きる肥やしを呼び戻す刺激や興奮は、もはや現実世界にはなくアニメやネット、ゲームや疑似世界に存在した。
アバターを使い、第2の世界を新世界とし日々の刺激と興奮を得ていた。
自分という確かに存在する身体の存在感は、見る見るうちにいらないものとなっていく。
目に見える実世界、肌で感じる実世界
その感覚が薄れ、アバターで感じる第2の世界で生きるために必要なだけ。
第1の世界への興味関心は薄れていく一方だ。
時代の流れがとまれば人々は時代病にかかる。
昭和初期
テレビや家電、車や高層ビル
進む時代の風さえあればどんな困難だって乗り越えられる。
毎日に張りがあり、意味や意義に溢れていた。
人は、社会は、時代は、
必ず飽きがくる。
平成初期に初めて見て感動したフォークマン。
近年手に触れたスマートフォンでさえ
今はもう感動はない。
進む時代の風を感じない。
毎日が平凡で張りがなく、日々意味や意義が薄れ目的が見つからなくなってゆく。
この時代の風を感じない、この時代の空気を吸っていると
心の芯がぬかれる。
やがて頭にある目的や目標は飾り物となり行動とつながらなくなる。
心がぬかれて興奮、感動、希望が感じられなくなる。
川の流れがとざされたら泥がたまる。
車の流れが止まれば渋滞になる
血の流れが止まれば死ぬ
世界の流れが止まれば人類は滅亡する。
そう僕は、時代のせいにしていた。
でも神は言うだろう。
柔らく、温かい肉体を与えたと。
体が冷えると、人は死ぬ
膠着した体は動けない
固いものは誰かを冷やし
柔らかいものはだれかを温める
尖かったものは誰かを痛めて、
まるまったものは誰かを撫でる。
憎しみや怒りは心を尖らせ、冷やし、固くする。
愛や思いやりは心を和らげ、まるめて、温めて、人を撫でられる。
誰かを冷やし、痛めれば、わが心も冷やされ、固くする。
温もりを与えて優しく人を撫でると
わが心も温もり、優しく撫でられる。
因果リョウホウ
温もりある体は誰かと抱き合えと
柔らかい体は誰かを撫でてやれと。
愛を感じて生きる肥やしを持てと。
僕の心は冷え切っていた。
体は温かくても誰かを抱いてやれることができない
膠着した心は体を動かせない。
心の冷えと膠着は愛に触れ解決しろと言うが
この頃の僕には、愛に触れることすらできなかった。
誰かを傷つけないよう柔らかく作られたが
固い武器を作る知恵も与えた。
愛し合えばいいのか、傷つけ合えばいいのか
吾輩は薬物依存症でもあった。
薬を使って人工的に無理やりドーパミンを放出させて生き延びる他ない
薬物依存症であった。
ただ、毎日薬物の数を数えて、残りの数を気にして過ごす日々。
薬が切れれば、奇妙に鳴り響く動機、心を掴まれているような恐怖と焦り。
脳をえぐるようにめぐる絶望。
手足の感覚が鈍くなり、脂汗を垂れ流す。
横になっても、起きても、眠っても何も変わらない。
この場所から、この状態から逃げ出したいと一度は立ち上がるが、
やはりまた倒れ込む。
体が異常に重く、何もできない。
次第に吐き気がやってきて、手先が、微妙に震え心が悲しく泣く。
救ってくれるのは薬物だけ。
世間の人は仕事に生き、趣味を持ち、家庭を作り、子を愛す。
小鳥のさえずりを聞き癒され、美しい景色を見ては心を和らげる。
めんどくさい準備をしてイキイキと朝早くから家をでて釣りに行き、
仲間と集まり飲み会をする。
どれもバカバカしく何が面白くてやっているのか俺にはわからない。
人々が幸福を感じるものすべてが今の俺には感じない。
これは、自分が弱いから。いや違うドーパミンを放出してくれない
脳の働きに問題がある。
そうまた言い訳をしていた。
生まれつきの性質のせいか、幼少期に体験した悪夢のせいか、
わからないがすべてこの使い物にならない脳のせいだと。
今日も錠剤を噛みちぎる。
薬がきれて、やっと届いた錠剤を震える手でつかみ取り口に放り込み、
ゆっくりと食道を通り胃に到達したのがわかる。
次第に胃酸が錠剤を溶かしていくのも感じていた。
膠着した体がやんわりと力がぬけ、邪念が消えていく。
頭が天に昇って行くようにふんわりと、ふんわりと、気持ちいい。
動機や吐き気、恐怖や不安、震える手と吐き気、重たい体が
ふんわりと浮かんでいく頭と一緒に消えていく。
ある日、いつもより増して禁断症状が強かった。
薬が切れて買人との取引の日までまだまる3日もある。
性欲も食欲も睡眠欲も働かない。
何も求めない、求められない廃人になっていく。
横になったベットに吸い込まれるように離れられない。
ただ、ただ死んだ心と、ここにある体だけ。
清流をせき止めすると泥がたまり、ゴミがたまり、腐っていくように
僕の脳も腐っていく。
体は生きているが、心の灯が消える。
初めは、体には何も異常がない。
機能しなくなったのは精神だけ。
禁断症状がやってきたと考えると脳はもうそこから目を離さない。
私欲を奪い取り、興奮や希望、やる気を無視する。
次第に肉体にも影響してくる。
吐き気がする。
脂汗がとまらない。
体中の感覚がなくなっていく。
体が薄れていくような感覚。
ありえない頭痛にさらされる。
この頃、誰かのことを考えたり想ったり、
そんなことは無縁。
ただ寝ているだけ。
ただ一人、部屋で死んでいるだけ。
髪はふけだらけ。何もかも興味を失った人間なんて生きている意味など
どこにもない。
人は誰かに会いたいとか、何かを見たいとか、何かをしたいとか。
生まれもった欲望が人を動かすが、俺の欲望は薬物に集中している。
摂取すればするほど薬物にしがみつき、薬物がきれたら、掻き立てる欲望を
満たしてくれるものがなくなり、
廃人化し、心が死に、やがて肉体にも異常が起きる。
動機が激しくなると、指を口に入れ、ベットの横にあるバケツに嘔吐する。
喉が異常に乾き、水を飲んでは吐く。
そしてまた横になり、動かない。
このまま死んでしまいたい。
そのまま、まる3日動かず、何も食べず、横になっていた。
というより、何もできなかった。
だが薬が手に入る日がくると、なぜか心が動き
頭痛も吐き気もなくなり、重たい体も動かす動機が生まれる。
起き上った時はじめて腹が減ったことに気付き
食欲がやっと顔を出してくれる。
冷蔵庫から食べ物をあさり、かぶりつく。
俺、今、生きている。
食してる。
僕は、こんなあたりまえのことができないほどに、廃人になっていた。
そして僕は、風呂にはいった。
シャワーを体に当てた時、たまらない快感を感じる。
ずっと寝たまんまで何の刺激もなかった背中に、頭皮に、肩に、胸に、
刺激が伝わる。
生きている。
風呂にでてすっきりとしたがまだ薬は手に入らない。
ソファーにすわってぼーと時を待った。
時間が近づき家をでた。
心なき体をなんとか動かし取引の場所へ。
薬を手にし、震える手で錠剤をとり、自販機でかった水を一気に飲み干す。
ふーと。息を吐き、人目の付かないところから
表通りにでて、ビルの端に腰をかけ、煙草に火をつけた。
女が居る。
女が歩いている。
空がある。
空が青い。
薬物だけが頭を支配しここまできたけれど
今生を感じている。
おだやかな感情、ここにある社会。
流れる人々。
空を見上げて、じっくりとじっくりと感じていた。
邪念が煙と一緒に空へ消えていく。
しばらくたつと、穏やかな感情から気分が上昇し、ハイになっていく。
幼きころからかかえてきた深い憎しみからか、
薬物を手にする金のためか、
ハイになっている間に、本来感じるべき、求めるべき人の欲望を満たすためか
僕は、夕暮れを待ち、人を襲いに出かけた。
金を奪いに行く。
飲み屋街へ向かい人を襲って金をとる。
狙うのはなぜか、
ホステスに見送られ一人ふらふらと帰る親父に限定していた。
金を奪う前に泣きごとを吐かし、ありったけの力で殴り、
じっくりと怯えて震える親父を見ては満足し金を取っていた。
そんな毎日を送っていた。
その日が、僕の奇妙で不気味な感覚に襲われた初体験の日であった。
今でも鮮明に覚えている。
それは平然とやってきた。
寝汗をかきながらメラメラと照りあたる日差しに起こされた。
乾いた体を起こし熱気をかきわけ
古い木目の廊下を、音を立てながら歩いた。
台所がある部屋のドアをあけると、水場にいたハエがまい
いらだつ音が散った。
冷蔵庫に一直線に進み冷えた麦茶をコップに注ぐ。
あまりにも乾いたのどに、いらだちが増しコップ5分目に達する前にかき込んだ。
足らずともう一度いらだつ心を抑えて次はコップいっぱいに入れて
ゴクゴクと息を止めて一気に飲み干した。
満たされた水分とともにふーっと一息
落ち着いた。
すると落ち着いたスペースにすうーっと何かがやってきた。
起きても特にすることもやりたいこともない朝だけど
乾いた体を潤すという些細な目的があった。
お茶を飲んで満足するまでは、この奇妙で不潔な感覚がはいるスペースはなかった
満たされた水分とともにふーっと一息
落ち着いた瞬間何か間を与えずウイルスみたいなものが心に入り、あっという間に浸透する。
寒気が走った。奇妙な不安が襲ってきた。でも身を守るにも守れない腰がぬけた感覚。
怖くて仕方がないのに力がはいらない不安と恐怖。
心が抜けて脳にはりがなく、ここにあるのは私という体だけ。
どこにいけばいいのか、何をすればいいのか。
(吹き抜け)の窓から庭を眺めた
この家の静けさも、
見える木々や揺れる草々。
したたかに咲く花や元気に飛び回る鳥。
日影で眠る猫や平然と座る庭石。
何を見ても、何を聞いても寂しく見えた。
まるでこの世に存在するのは私だけだという体だけ。
そんな絶望感に包まれた。
寝汗で湿った布団にもぐり
恐怖からか目を閉ざし、熱気の中布団を覆った。
時代は、明治維新。日本の近代化。太平洋戦争。高度成長期と進み、成長期余韻時代に入った。
貧しく、悲惨でもその恐怖に原因と実体はあった
熱く燃え上がり、激しく働き、厳しい社会感の中にも意味と意義があった
社会が緩和され、ゆとりが生まれても心に穏やかさがあった。
今は成長余韻も消え。時代の名前すらつけられない。
そのはざまに生きる現代人にかかる病気。時代病。
そう社会に目的がなくなってきた。人々はどこに目的があるのかと彷徨いかかる病気。
意義、意味を探しても見つからない時代の中でたまらない恐怖に襲われている。
まんねりした時代。変わらない時代。平和で変化のない社会。
変わらない、変わりそうにない未来に生きる肥やしを失っていく。
失いそうな存在感。失いそうな生命力。消えそうな精神。
新世界を必要としている。
生きる肥やしを呼び戻す刺激や興奮は、もはや現実世界にはなくアニメやネット、ゲームや疑似世界に存在した。
アバターを使い、第2の世界を新世界とし日々の刺激と興奮を得ていた。
自分という確かに存在する身体の存在感は、見る見るうちにいらないものとなっていく。
目に見える実世界、肌で感じる実世界
その感覚が薄れ、アバターで感じる第2の世界で生きるために必要なだけ。
第1の世界への興味関心は薄れていく一方だ。
時代の流れがとまれば人々は時代病にかかる。
昭和初期
テレビや家電、車や高層ビル
進む時代の風さえあればどんな困難だって乗り越えられる。
毎日に張りがあり、意味や意義に溢れていた。
人は、社会は、時代は、
必ず飽きがくる。
平成初期に初めて見て感動したフォークマン。
近年手に触れたスマートフォンでさえ
今はもう感動はない。
進む時代の風を感じない。
毎日が平凡で張りがなく、日々意味や意義が薄れ目的が見つからなくなってゆく。
この時代の風を感じない、この時代の空気を吸っていると
心の芯がぬかれる。
やがて頭にある目的や目標は飾り物となり行動とつながらなくなる。
心がぬかれて興奮、感動、希望が感じられなくなる。
川の流れがとざされたら泥がたまる。
車の流れが止まれば渋滞になる
血の流れが止まれば死ぬ
世界の流れが止まれば人類は滅亡する。
そう僕は、時代のせいにしていた。
でも神は言うだろう。
柔らく、温かい肉体を与えたと。
体が冷えると、人は死ぬ
膠着した体は動けない
固いものは誰かを冷やし
柔らかいものはだれかを温める
尖かったものは誰かを痛めて、
まるまったものは誰かを撫でる。
憎しみや怒りは心を尖らせ、冷やし、固くする。
愛や思いやりは心を和らげ、まるめて、温めて、人を撫でられる。
誰かを冷やし、痛めれば、わが心も冷やされ、固くする。
温もりを与えて優しく人を撫でると
わが心も温もり、優しく撫でられる。
因果リョウホウ
温もりある体は誰かと抱き合えと
柔らかい体は誰かを撫でてやれと。
愛を感じて生きる肥やしを持てと。
僕の心は冷え切っていた。
体は温かくても誰かを抱いてやれることができない
膠着した心は体を動かせない。
心の冷えと膠着は愛に触れ解決しろと言うが
この頃の僕には、愛に触れることすらできなかった。
誰かを傷つけないよう柔らかく作られたが
固い武器を作る知恵も与えた。
愛し合えばいいのか、傷つけ合えばいいのか
吾輩は薬物依存症でもあった。
薬を使って人工的に無理やりドーパミンを放出させて生き延びる他ない
薬物依存症であった。
ただ、毎日薬物の数を数えて、残りの数を気にして過ごす日々。
薬が切れれば、奇妙に鳴り響く動機、心を掴まれているような恐怖と焦り。
脳をえぐるようにめぐる絶望。
手足の感覚が鈍くなり、脂汗を垂れ流す。
横になっても、起きても、眠っても何も変わらない。
この場所から、この状態から逃げ出したいと一度は立ち上がるが、
やはりまた倒れ込む。
体が異常に重く、何もできない。
次第に吐き気がやってきて、手先が、微妙に震え心が悲しく泣く。
救ってくれるのは薬物だけ。
世間の人は仕事に生き、趣味を持ち、家庭を作り、子を愛す。
小鳥のさえずりを聞き癒され、美しい景色を見ては心を和らげる。
めんどくさい準備をしてイキイキと朝早くから家をでて釣りに行き、
仲間と集まり飲み会をする。
どれもバカバカしく何が面白くてやっているのか俺にはわからない。
人々が幸福を感じるものすべてが今の俺には感じない。
これは、自分が弱いから。いや違うドーパミンを放出してくれない
脳の働きに問題がある。
そうまた言い訳をしていた。
生まれつきの性質のせいか、幼少期に体験した悪夢のせいか、
わからないがすべてこの使い物にならない脳のせいだと。
今日も錠剤を噛みちぎる。
薬がきれて、やっと届いた錠剤を震える手でつかみ取り口に放り込み、
ゆっくりと食道を通り胃に到達したのがわかる。
次第に胃酸が錠剤を溶かしていくのも感じていた。
膠着した体がやんわりと力がぬけ、邪念が消えていく。
頭が天に昇って行くようにふんわりと、ふんわりと、気持ちいい。
動機や吐き気、恐怖や不安、震える手と吐き気、重たい体が
ふんわりと浮かんでいく頭と一緒に消えていく。
ある日、いつもより増して禁断症状が強かった。
薬が切れて買人との取引の日までまだまる3日もある。
性欲も食欲も睡眠欲も働かない。
何も求めない、求められない廃人になっていく。
横になったベットに吸い込まれるように離れられない。
ただ、ただ死んだ心と、ここにある体だけ。
清流をせき止めすると泥がたまり、ゴミがたまり、腐っていくように
僕の脳も腐っていく。
体は生きているが、心の灯が消える。
初めは、体には何も異常がない。
機能しなくなったのは精神だけ。
禁断症状がやってきたと考えると脳はもうそこから目を離さない。
私欲を奪い取り、興奮や希望、やる気を無視する。
次第に肉体にも影響してくる。
吐き気がする。
脂汗がとまらない。
体中の感覚がなくなっていく。
体が薄れていくような感覚。
ありえない頭痛にさらされる。
この頃、誰かのことを考えたり想ったり、
そんなことは無縁。
ただ寝ているだけ。
ただ一人、部屋で死んでいるだけ。
髪はふけだらけ。何もかも興味を失った人間なんて生きている意味など
どこにもない。
人は誰かに会いたいとか、何かを見たいとか、何かをしたいとか。
生まれもった欲望が人を動かすが、俺の欲望は薬物に集中している。
摂取すればするほど薬物にしがみつき、薬物がきれたら、掻き立てる欲望を
満たしてくれるものがなくなり、
廃人化し、心が死に、やがて肉体にも異常が起きる。
動機が激しくなると、指を口に入れ、ベットの横にあるバケツに嘔吐する。
喉が異常に乾き、水を飲んでは吐く。
そしてまた横になり、動かない。
このまま死んでしまいたい。
そのまま、まる3日動かず、何も食べず、横になっていた。
というより、何もできなかった。
だが薬が手に入る日がくると、なぜか心が動き
頭痛も吐き気もなくなり、重たい体も動かす動機が生まれる。
起き上った時はじめて腹が減ったことに気付き
食欲がやっと顔を出してくれる。
冷蔵庫から食べ物をあさり、かぶりつく。
俺、今、生きている。
食してる。
僕は、こんなあたりまえのことができないほどに、廃人になっていた。
そして僕は、風呂にはいった。
シャワーを体に当てた時、たまらない快感を感じる。
ずっと寝たまんまで何の刺激もなかった背中に、頭皮に、肩に、胸に、
刺激が伝わる。
生きている。
風呂にでてすっきりとしたがまだ薬は手に入らない。
ソファーにすわってぼーと時を待った。
時間が近づき家をでた。
心なき体をなんとか動かし取引の場所へ。
薬を手にし、震える手で錠剤をとり、自販機でかった水を一気に飲み干す。
ふーと。息を吐き、人目の付かないところから
表通りにでて、ビルの端に腰をかけ、煙草に火をつけた。
女が居る。
女が歩いている。
空がある。
空が青い。
薬物だけが頭を支配しここまできたけれど
今生を感じている。
おだやかな感情、ここにある社会。
流れる人々。
空を見上げて、じっくりとじっくりと感じていた。
邪念が煙と一緒に空へ消えていく。
しばらくたつと、穏やかな感情から気分が上昇し、ハイになっていく。
幼きころからかかえてきた深い憎しみからか、
薬物を手にする金のためか、
ハイになっている間に、本来感じるべき、求めるべき人の欲望を満たすためか
僕は、夕暮れを待ち、人を襲いに出かけた。
金を奪いに行く。
飲み屋街へ向かい人を襲って金をとる。
狙うのはなぜか、
ホステスに見送られ一人ふらふらと帰る親父に限定していた。
金を奪う前に泣きごとを吐かし、ありったけの力で殴り、
じっくりと怯えて震える親父を見ては満足し金を取っていた。
そんな毎日を送っていた。