掠れた声で囁いて
でも。そう考えると、私の状態の方が辛いことになるのかな。
だって、子持ちのサラリーマンと付き合えるわけがない。
その関係は、世間が許さない不倫ってやつになる。その前に世間も知らない子供を相模さんが好きになるとは思えないけれど。
願っても決して叶うことのないこの願いは余りにも不毛じゃないだろうか。
捨ててしまえば簡単なのに。
捨てられないのが恋心ってやつなのかな。
電車がゆっくりと減速する。
そして止まって、アナウンスが流れる。
さしずめ、この音は十二時の鐘の音かな。
立ち上がって振り返る。お礼を言おうと思ってた。今日は助けてくださってありがとうございました、と。
だけど、相模さんはお礼を言おうとする口をわざわざ塞いで、私の腕を引っ張って、その電車から降りた。
「……行っちゃいましたよ」
電車を見送る私の横で相模さんはけーくんを抱っこし直している。
「行ったな」
「寄りたい場所があったのでは……?」
「心配しなくても、時間はいっぱいあるから」
どこかで話さないか?そう言われて、私はドギマギしながら駅前のカフェに案内した。
「……うまいな」
驚いて、でも、嬉しそうにコーヒーを飲む相模さんに胸がときめく。そんな私は紅茶をちびりと飲んだ。
コーヒーを飲む相模さんは本当に嬉しそうだ。
……コーヒー好きなのかな。
それぐらいいい笑顔。穏やかな、心地の良い空間でけーくんは寝息を立てていた。