掠れた声で囁いて
「どうぞ」
いつもやってることだったから、その日も同じように席を譲った。
私が席を譲る相手は大体、おじいちゃん、おばあちゃん、妊婦さん。他には荷物が多い人。
高校まで約50分間立ちっぱなしになるから、本音を言っちゃえばずっとこのまま座っていたい。だけど、その人達が電車の吊革に必死に掴まってるのを見てしまったあとは、絶対に後悔に苛まれるのが分かってる。
更に言っちゃえば、気付いているのに気付かないふり、寝るふりをしている人間と同種になりたくない。絶対に。
だから、電車に乗り込んで来た人が男性でも、困ってる——というか、大変そうだったから迷わず譲った。
しかし、その人は中々席に座ろうとしなかった。赤ちゃん連れは結構譲られ慣れているもんなのに。
まぁ、確かに女子高生から席を譲られても大の男だったら座りにくいよね。
そんなわけで私は助け舟を出してあげた。
「あなたが座って、私が立てば、一人分余裕できるし。それに、赤ちゃんを押しつぶすわけにはいかないでしょ?ね!だから座ってください」
無理矢理肩を押して席に座らせる。
すると、その男性は観念して席に座った。
そして、顔を上げる。
その瞬間、私の心臓はその人の笑顔に持ってかれた。
「ありがとう」
その声を聞いた瞬間背筋にゾクリとした愉悦が走る。