掠れた声で囁いて
「……どうぞ」
昨日と同じドアから、また同じ子連れリーマンが乗車してきた。
いつもは普通にやってることが、何故かいつも通りにできない。
決死の思いで出した声は緊張しすぎてみっともなく震えているし。膝はなんかガクガクしてるし。
ビシリと決めたい時に限ってうまくいかない。
気付かれていないことを祈るが、たぶん気付かれてる。
「……ありがとう」
子連れリーマンは昨日と同じような笑顔で、感謝を述べた。譲られるのにはまだ若干抵抗があるみたいだけど。
お礼を言われるのは照れ臭い。いつもなら。
でも、貴方の場合お礼なんていらないです。
貴方の声は勝手に私の脳内に侵入して、身体を蕩けさせるんです。心臓が苦しすぎて、貴方の声に殺されそうなんです。
今ここが自分の部屋であったなら、私は確実に大声で悶え死んでる所だ。
緩み切った頬を隠すのに私は必死で、そのリーマンが何か言いたそうに見ていることに気付かなかった。
いつの間にか電車は発車して、高架上にいる。
ガタンガタン……という音が何度も何度も等間隔で聞こえてくる。それに合わせて吊革も、それに捕まる私の体もゆらゆら揺れる。
「……あふっ」
少なくとも静かとは言えない車内で、その耳に届くのもやっとな微かな音が一体なにであるのか一瞬理解が遅れた。
音の発生源を見やれば、そこはリーマンの胸元。