唯一の純愛
病院に着くと、そのまま入院となった。

病室に運ばれる頃には、薬で眠らされていた。

意識はないが、ランス・アダムス症候群の影響で手足をバタつかせて暴れていました。

暴れ過ぎると点滴が抜けてしまうので、腕を元の位置に戻してあげたり、蹴飛ばした布団をかけ直したりしてあげました。

そんな事しか私には出来ませんでした。

ふと、妻が何かを言っている気がしました。

激しく乱れた呼吸の中、消え入りそうな声で、何かを言っていました。

どうした?
苦しいのか?
呼びかけますが、妻は反応しません。

意識はないようです。

呼吸が荒らすぎて、何を言っているのかは聞き取れません。

深夜でしたし、大部屋でしたので、静かに見守る事しか出来ません。

しばらくすると、だんだん妻の言葉を聞き取れるようになりました。

妻は二つの単語を繰り返していました。

一つは私の名前。
もう一つはありがとう。

妻はずっと、私にありがとうと言い続けていたのです。

何回も。
何十回も。
何百回も。
ただそれだけを言い続けていたのです。

涙が込み上げました。

目の前の妻はとても苦しそうで、意識もありません。
呼吸すらままならない状態なのに、それでも私にありがとうと言い続けてくれています。

妻は私に沢山のものをくれました。

いつも私を気遣い、支えてくれました。

私は妻に何をしてあげられたのでしょう。

親兄弟でもなく、子供でもなく、たった5年一緒にいただけの私を呼ぶ妻。

私はここまで愛されるような事を、彼女にしてあげられたのだろうか。

その答えは、妻にしか解りません。

ただ、その時の私は妻の愛が嬉しかった。

わかった。
わかったからゆっくり寝てな。
そんな事しか言えなかった。

この時点ではまだ、すぐに元気になって戻ってくると思っていました。
帰ってきたら、こちらこそありがとうと、沢山言ってあげようと思っていました。

もう何回言ったでしょう。
妻はまだ私にありがとうと言い続けてくれています。

私はまだ知りません。
これが妻の最後の言葉になる事を。
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