は
始
「お疲れ様です・・・。」
「いらっしゃいませ・・・。」
「305号室のお部屋になります・・・。」
「少々お待ちくださいませ・・・。」
「お待たせ致しました・・・。」
「ありがとうございました。お気をつけて・・・。」
「お疲れ様でした・・・。」
「あっ、カツカレーを。トッピングは、ホウレン草とチーズで・・・。」
師走も半ばを過ぎたこの頃。諸説例年通り、世間は何かと浮き足だって忙しない。
かくいう自分もその一人。来週会社の忘年会があるし、その後は友人たちとの忘年会。さらにその後は実家に遊びに来る姪っ子の為にクリスマスパーティーを開かなくてはいけない。そんな毎日だというのに、何故だか俺の心は少しも動じず全くの平常心だった。世間の流れに逆らって涼しい顔をしている俺。やっぱり変だろうか・・・。
「お疲れ様です・・・。」
「いらっしゃいませ・・・。」
「209号室のお部屋になります・・・。」
「少々お待ちくださいませ・・・。」
「お待たせ致しました・・・。」
「ありがとうございました。お気をつけて・・・。」
「お疲れ様でした・・・。」
「あっ、牛丼特盛で。後、味噌汁とお新香・・・。」
今日もまた少しの変化もない1日が終わろうとしている。後はただ歯を磨いて寝るだけ。明日も今日と同じ道を通って会社に行き、同じ言葉を口から出すだけ。心に何の動揺も与えない。俺の心臓ってなんて楽なんだろうな。速くもなく遅くもなく、メトロノームのように同じ鼓動を刻むだけ。いい商売である。
師走のイベント事に動じないのも、所詮例年やっていることの焼き増しに過ぎないから。何の新鮮味も感じないのだ。
本当にこんな人生でいいのかな。最近よくそう思うけど、思ったところでどうしようもない。この錆び付いた人生に差す油は何万バレルといるだろう。石油王でもない限り、今の俺にそんな油を捻出する力はとてもなかった・・・。
退社時間が迫り、そろそろ晩飯の計画を立てようかと考えた。計画といっても、カレー屋かラーメン屋、牛丼屋の3パターンしかないのだが。この三軒の店は、ちょうど俺の毎日通る通勤路に等間隔で並んでいるので、寄り道することなく便利だった。
「柳田、お前今日は髪切って帰れよ。ホテルマン失格だそれじゃ。」
帰り際に言われた上司からの痛い言葉。女性陣からクスクスと笑われる。社会人にもなってこんなことを言われて恥ずかしいの一語だが、自分が悪いのだから仕方がない。忙しさにかまけて、もう半年も床屋に行っていなかった。
さて、それなら仕方ないと、俺は床屋に行くことにした。この時間だったらまだ開いてるとこはあるだろう。
難点なのは、俺の通勤路に床屋がないことだった。忙しさにかまけてと言ったが、本当のところこれが理由で半年も怠けていた。
原付にまたがる。さて、床屋はどこにあったかなと、俺は通勤路意外の街並みを思い浮かべた。近所のリーズナブルな床屋が惜しくも潰れてしまった為、面倒だが新規の店を探さなければならない。気が滅入るが、俺のマンションの隣にある小ジャレた美容院に行くよりかははるかにましだった。
飲食店やスーパーばかりが立ち並らぶ通勤路は、賑やかで夜も煌々としているのだが、今の俺には無用の長物。あんなに店があるのだから、一件くらい床屋があっても罰は当たらないというのに。
この街の知ってる場所をくまなく脳裏に巡らせたが、残念ながら床屋は浮かんでこなかった。俺はため息をつき、仕方なしに携帯を取り出した。あとはネットで調べるしかあるまい。
「うげぇ、遠いなこれは。」
調べた結果、かなりの遠回りになることが判明した。床屋ってこんなにも減ってしまったのか?いや、選り好みしなければあるのだろうが、リーズナブルで小ジャレ感のないとこはやはり限られてくるのだろう。
原付を走らせる。普段曲がらない交差点を曲がり、普段登らない坂を上る。目的の床屋は、とある団地の中にあった。昔からある古い団地で、俺が小学校の時に仲良くしてた安達君が引っ越していった街でもある。そういえば一度、母さんに連れられて引っ越し先のマンションに遊びに行った記憶がある。向こうのお母さんから、手作りのレモンケーキをご馳走になったのをよく覚えている。安達君元気だろうか・・・。
床屋は自分が団地を上りきってすぐの交差点沿いにあり、簡単に見つけられた。小ジャレ感もなく店先に張られた料金表示もネットと同じくリーズナブル。入ってみれば客も一人もなく、すぐにカット台に案内されたので、言うことはなかった。
俺の後ろに立ったのは、30代くらいの眼鏡をかけた真面目そうな男だった。といっても、他には誰も見当たらない。奥にいるのだろうか。しかし、こういう人なら散髪中話しかけられないですみそうだ。これが20代の若いあんちゃんなら、気取った感じで「お仕事帰りですか?」なんて話しかけてきそうだし、逆に4、50代のおじさんだったら、所謂喫茶店の小粋なマスター風を装い、やっぱり「お仕事帰りですか?」と話しかけてくる。以前俺が通っていた床屋の店員は後者で、リーズナブルだけどその点がウィークポイントだった。
期待通り、店内は何処かに置かれたラジオから流れるDJの声だけに支配された、居心地のよい空間だった。暖房の暖かい風に乗せて、睡魔が手招きを始めてくる。今日も1日よく働いた。明日行けば念願の休日がやって来る。一週間ぶりの休み。長かった・・・。
未だ見ぬ休日の青写真を、ウグイスのような声のDJに包まれながら考えてみる。さぞかし素晴らしい予定を考えつけるだろう・・・。そんなことはなかった・・・。
昼前に起きて、ラーメンを啜って、ゲームをして、酒を飲んで、DVDを見て寝る。それ以上でもそれ以下でもない青写真しか現像できない俺。何の変化もない日々。本当にこのままでいいのだろうか。最近、頻繁に問いかけてくるこの問い。いくら問いかけられても、答えなんか出てくる分けないのに、どうしろというのだろうか。いい加減諦めろよ・・・。
「すみません、少し頭を上げてもらえますか?」
不意に声をかけられビックリした。鏡越しに店員が苦笑いをしながら見ていた。あまりに自分の世界に没頭し過ぎて、幽体離脱したいみたいに心ここに在らずだったようだ。あわてて顔を上げる俺。もう考えるのはよそう。時間の無駄である。いや、やることがないのだから時間は腐るほどあるのか。だったらいくら考えてもいいな。しかし、やっぱり考えたって仕方ないか。時間の無駄である。はぁ~・・・。
「いらっしゃいませ・・・。」
「305号室のお部屋になります・・・。」
「少々お待ちくださいませ・・・。」
「お待たせ致しました・・・。」
「ありがとうございました。お気をつけて・・・。」
「お疲れ様でした・・・。」
「あっ、カツカレーを。トッピングは、ホウレン草とチーズで・・・。」
師走も半ばを過ぎたこの頃。諸説例年通り、世間は何かと浮き足だって忙しない。
かくいう自分もその一人。来週会社の忘年会があるし、その後は友人たちとの忘年会。さらにその後は実家に遊びに来る姪っ子の為にクリスマスパーティーを開かなくてはいけない。そんな毎日だというのに、何故だか俺の心は少しも動じず全くの平常心だった。世間の流れに逆らって涼しい顔をしている俺。やっぱり変だろうか・・・。
「お疲れ様です・・・。」
「いらっしゃいませ・・・。」
「209号室のお部屋になります・・・。」
「少々お待ちくださいませ・・・。」
「お待たせ致しました・・・。」
「ありがとうございました。お気をつけて・・・。」
「お疲れ様でした・・・。」
「あっ、牛丼特盛で。後、味噌汁とお新香・・・。」
今日もまた少しの変化もない1日が終わろうとしている。後はただ歯を磨いて寝るだけ。明日も今日と同じ道を通って会社に行き、同じ言葉を口から出すだけ。心に何の動揺も与えない。俺の心臓ってなんて楽なんだろうな。速くもなく遅くもなく、メトロノームのように同じ鼓動を刻むだけ。いい商売である。
師走のイベント事に動じないのも、所詮例年やっていることの焼き増しに過ぎないから。何の新鮮味も感じないのだ。
本当にこんな人生でいいのかな。最近よくそう思うけど、思ったところでどうしようもない。この錆び付いた人生に差す油は何万バレルといるだろう。石油王でもない限り、今の俺にそんな油を捻出する力はとてもなかった・・・。
退社時間が迫り、そろそろ晩飯の計画を立てようかと考えた。計画といっても、カレー屋かラーメン屋、牛丼屋の3パターンしかないのだが。この三軒の店は、ちょうど俺の毎日通る通勤路に等間隔で並んでいるので、寄り道することなく便利だった。
「柳田、お前今日は髪切って帰れよ。ホテルマン失格だそれじゃ。」
帰り際に言われた上司からの痛い言葉。女性陣からクスクスと笑われる。社会人にもなってこんなことを言われて恥ずかしいの一語だが、自分が悪いのだから仕方がない。忙しさにかまけて、もう半年も床屋に行っていなかった。
さて、それなら仕方ないと、俺は床屋に行くことにした。この時間だったらまだ開いてるとこはあるだろう。
難点なのは、俺の通勤路に床屋がないことだった。忙しさにかまけてと言ったが、本当のところこれが理由で半年も怠けていた。
原付にまたがる。さて、床屋はどこにあったかなと、俺は通勤路意外の街並みを思い浮かべた。近所のリーズナブルな床屋が惜しくも潰れてしまった為、面倒だが新規の店を探さなければならない。気が滅入るが、俺のマンションの隣にある小ジャレた美容院に行くよりかははるかにましだった。
飲食店やスーパーばかりが立ち並らぶ通勤路は、賑やかで夜も煌々としているのだが、今の俺には無用の長物。あんなに店があるのだから、一件くらい床屋があっても罰は当たらないというのに。
この街の知ってる場所をくまなく脳裏に巡らせたが、残念ながら床屋は浮かんでこなかった。俺はため息をつき、仕方なしに携帯を取り出した。あとはネットで調べるしかあるまい。
「うげぇ、遠いなこれは。」
調べた結果、かなりの遠回りになることが判明した。床屋ってこんなにも減ってしまったのか?いや、選り好みしなければあるのだろうが、リーズナブルで小ジャレ感のないとこはやはり限られてくるのだろう。
原付を走らせる。普段曲がらない交差点を曲がり、普段登らない坂を上る。目的の床屋は、とある団地の中にあった。昔からある古い団地で、俺が小学校の時に仲良くしてた安達君が引っ越していった街でもある。そういえば一度、母さんに連れられて引っ越し先のマンションに遊びに行った記憶がある。向こうのお母さんから、手作りのレモンケーキをご馳走になったのをよく覚えている。安達君元気だろうか・・・。
床屋は自分が団地を上りきってすぐの交差点沿いにあり、簡単に見つけられた。小ジャレ感もなく店先に張られた料金表示もネットと同じくリーズナブル。入ってみれば客も一人もなく、すぐにカット台に案内されたので、言うことはなかった。
俺の後ろに立ったのは、30代くらいの眼鏡をかけた真面目そうな男だった。といっても、他には誰も見当たらない。奥にいるのだろうか。しかし、こういう人なら散髪中話しかけられないですみそうだ。これが20代の若いあんちゃんなら、気取った感じで「お仕事帰りですか?」なんて話しかけてきそうだし、逆に4、50代のおじさんだったら、所謂喫茶店の小粋なマスター風を装い、やっぱり「お仕事帰りですか?」と話しかけてくる。以前俺が通っていた床屋の店員は後者で、リーズナブルだけどその点がウィークポイントだった。
期待通り、店内は何処かに置かれたラジオから流れるDJの声だけに支配された、居心地のよい空間だった。暖房の暖かい風に乗せて、睡魔が手招きを始めてくる。今日も1日よく働いた。明日行けば念願の休日がやって来る。一週間ぶりの休み。長かった・・・。
未だ見ぬ休日の青写真を、ウグイスのような声のDJに包まれながら考えてみる。さぞかし素晴らしい予定を考えつけるだろう・・・。そんなことはなかった・・・。
昼前に起きて、ラーメンを啜って、ゲームをして、酒を飲んで、DVDを見て寝る。それ以上でもそれ以下でもない青写真しか現像できない俺。何の変化もない日々。本当にこのままでいいのだろうか。最近、頻繁に問いかけてくるこの問い。いくら問いかけられても、答えなんか出てくる分けないのに、どうしろというのだろうか。いい加減諦めろよ・・・。
「すみません、少し頭を上げてもらえますか?」
不意に声をかけられビックリした。鏡越しに店員が苦笑いをしながら見ていた。あまりに自分の世界に没頭し過ぎて、幽体離脱したいみたいに心ここに在らずだったようだ。あわてて顔を上げる俺。もう考えるのはよそう。時間の無駄である。いや、やることがないのだから時間は腐るほどあるのか。だったらいくら考えてもいいな。しかし、やっぱり考えたって仕方ないか。時間の無駄である。はぁ~・・・。