「お疲れ様です・・・。」

「いらっしゃいませ・・・。」

「703号室のお部屋になります・・・。」

「少々お待ちくださいませ・・・。」

「お待たせ致しました・・・。」

「ありがとうございました。お気をつけて・・・。」

「お疲れ様でした・・・。」

 待ちに待ったこの時。従業員出入口の戸を閉めた途端、否応なしに安堵の溜め息が出る。べらぼうめ!二度とこんなとこ来ねぇからな!なんて悪態をついてみる。そんなことをすれば明日から食いっぱぐれるだけだが・・・。
 
 さて、これからどうしたものか。久方ぶりの休日だ。有意義に使わなくてはならない。忌々しい仕事の朝まで、36時間を切っている。時間に直すと急に少なく感じてしまった。早くしなければ・・・。

 早く青写真のネガを現像してもらわなくてはならない。しかし、何度もシャッターを切ったものの、映るものはいつもと同じ。焼き増しと何ら変わりない。一体どうしたら納得のいく画を撮ることが出来るのだろう。残り36時間の間に出来るだろうか。不安しかない。

 何時ものラーメン屋に入り、何時ものチャーシュー麺大盛を頼んで待っている間も、頭の中は写真のことばかり。しかし、何も思い付かない。俺ってこんなにも想像力に乏しかっただろうか。本好きだしそういう力はあると思うんだけどな。

 水を飲み干し、満腹の腹を擦りながらトイレに立った。狭い個室のトイレ。入って正面の壁に、コルクボードに貼られた写真が何枚か飾られていた。確か今までここにあったのは、もはや世間のトイレのお供と化してある詩の書かれたポストカードだったはずだ。人生が~、で始まるどこぞの詩人のものだったはずだけど思い出せない。ここのラーメン屋にはかなり通いつめていて、来れば必ずこのトイレに入るはずなのに。よっぽど記憶に残らない陳腐な詩だったのだろう。

 写真はどこかの山の写真だった。見覚えのない山だったので、県内のじゃないだろうが、ありふれた緑一色の三角形だった。

 しかし、そのありふれた山に何故か俺は引き寄せられていた。山登りなんか全く興味はないのに、見れば見るほどこの山に行きたくなる。いや、別にこの山じゃなくていいのだ。こういう所に行けば何か満足な気分になりそうな気がした。そう、変化が得られそうなのだ。変わり映えのない写真だらけのアルバムに、一石を投じれる気がしていたのだ。

 トイレを出た俺。その顔は清々しく達観したような顔。回りの客からは、この人は余程我慢してトイレに入ったのだなと思われたかもしれない。それでもいい。俺は行く。何が得られるかはわからないけど、絶対手ぶらじゃ帰らない。俺はそう決意して、鼻息荒くレジに向かった・・・。
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