うそつき執事の優しいキス
 とりあえず、宗樹が新米執事の表情(かお)して無表情のまま固まっていないだけ、良いんじゃないの?


 って、変な妥協して、わたし宗樹に抱きしめられながらすうっと、眠りにつき……


「俺の腕の中で、眠るんじゃねぇ、って昨日言わなかったか、莫迦」


 ……目が覚めた。


 そう言えば、宗樹にそんなことを言われた覚えがある。


 でも、嬉しいなぁ。


「にへへへへっ」


「……なんて表情して笑ってんだよ」


「だって、今日、初めてしゃべってくれたんだもん」


 だから……って言葉を続けようとした時だった。


 宗樹は、ふっと目を細めるとわたしの頬に唇を寄せる。


 そして、そのまま微かに触り……すぐ離れた。


「な……何?」


「……涙。あんた、泣いてる」


 いきなり言われて、まさかって笑った時だった。


 あっ……あれれ?


 わたしの頬に何かが、伝って落ちる。


 それが涙だと判ったとたん。


 水の粒は、あとからあとからあふれて来た。


「えっ……なんで……?」


 慌てて、ハンカチを出そうと、ポケットをぱたぱた探していると。


 宗樹は、ぱぱっと、長い指で涙を振り払い、そのまま、ぽすっと、わたしの頭ごと胸に抱きしめた。


「やだ……宗樹の服に、涙着いちゃう」


「いいよ別に。
 あんたの涙、拭いてるつもりだし」
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