うそつき執事の優しいキス
 蔵人さんの音程が毎回安定せず揺らいだら、それは誰にも曲を演奏出来ないってこと!


 これは、新曲の最大の危機かもしれない。


 心配しながら、すっかり新緑で覆われた桜の並木を抜け、海の見える場所に来た時だった。


 陽が射したり、曇ったり。


 安定しない、天気を変える海風に載せて、もっと安定しない蔵人さんの声が、聞こえてきた。


 これが、蔵人さんのラヴソング……?


 西園寺でお泊りした時に作ったヤツと、全然違うじゃない!


 こんなに変なのに!


 わたしは音楽準備室へ出入りしていて、気がつきもしなかったんだ。


 それは、わたしがCards soldierの一員どころか、軽音部員でもない『部外者』だからだ。


 作曲だけが担当の特別扱いされた存在だったからだ……!


 わたしCards soldierのメンバーではない。


 蔵人さんの歌を音譜に直し、紙に書きつけてから感じていた『仲間』つていう意識が急に薄くなる。


 大好きな宗樹の混じった、大切なバンドなのに遠くなる。


 呆然としているわたしの心を知らずに、宗樹が手を引っ張って、皆の所へ連れてゆく。


 そこには、蔵人さんの他に、神無崎さんと井上さんが、すでにいて。


 二人とも大げさに耳を押さえて、騒いでた。


「なんだよ、今の、ひっでーー歌は!
 ふざけてんじゃねえぜ!」


 叫ぶ神無崎さんに、蔵人さんが怒鳴る。
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