うそつき執事の優しいキス
「……軽音部、入部届け……?
 えっと、あなたも、軽音部に入るんですか?」


 うん。


 この先にあるのは、軽音部室とCards soldierの居室だから、入部希望者がうろうろしてても可笑しくないんだけど。


 なんて言うか……その。


 わたしとぶつかった彼、あんまり音楽をやるような人に見えなかったんだ。


 そりゃあ、ね。


 とびきりイケメンな宗樹達と比べられるような人は、早々居ないのは判っている。


 だけど、楽器の演奏者は独特の空気っていうか、華やかさがあると思うのに。


 彼からは、そんなのが、全く感じられず……何人かヒトにまぎれてしまえばすぐ消えてしまうんじゃないかって思うぐらい存在感が無い。


 首を傾げたわたしに、彼は、ぱたぱたと手を振った。


「いいえ。
 ぼくは、もうとっくに軽音部に所属してて。これは後輩から預かったモノなんです」


 あ。


 ほんとだ、わたしの目の前に出て来た手だけは、ちゃんとギターかベースを弾くヒトみたいだ。


 散々使い……でもきちんと整えられているその手は、毎日しっかり練習してる証拠だった。


「真面目なひとなんですね」


 って、思わず呟いた一言に、彼は、ふふふって笑った。

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