うそつき執事の優しいキス
 街で良く聞く流行りの歌……じゃない。


 それどころか、歌詞もない。


 けれども、高く、低く、響く声はとても良くて、一度聞いたら忘れられない声だった。


 わたし、小さい頃からピアノ習っていたし、毎朝爺の生演奏で起きるくらいだから耳は悪くない。


 絶対音感って言うの?


 ともすると小鳥の鳴き声も自動車の音もコレは『ド』とか『ファ』とか音階で聞こえちゃうんだけれど、この歌は違った。


 あまりにキレイで、音階を拾う前に心に響くんだ。


 今、目の前に広がる海のように力強いくせに、後ろで咲き誇る桜の花みたいに、華やかな。


 この鮮やかな景色の中に、吹き渡る風のように、透明で良く伸びる……声。


 胸がぎゅっと締め付けられるような、切ない声……


 高音部分がすごくキレイで、とても優しげな雰囲気に、女のヒトの声かな? って思ったけれど。


 ……違う。


「男のヒト、だね……」


 キレイな歌が響く元をきょろきょろ探し、見つけた声の主の後ろ姿は、君去津高、男子の制服を着ている。

「君去津って、合唱部、あったっけ……?」


 部活の朝練かな? って思ったけれど、歌っているのは彼一人で、他には誰もいない。
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