うそつき執事の優しいキス


 一方、わたしの方は……と言うと。


 皆さまご存じ、案の定。


 ぽぉーーーーいっ!


 と人ごみから簡単にはじき飛ばされて、一歩も進めず。


 ……しくしくしくしくしく。


 廊下の床に座り込み、思わずのの字を書いている所を井上さんに発見されることになった。


「パン……買えなかったの?」


「……うん」


 井上さんは、無事に買えたらしい。


 何も見てない時には、そんなにお腹減って無かったけれど。 


 井上さんの持っている白い手下げ袋には、今までに見たことのないパンが詰め込まれてた。


 それ見たら、お腹が鳴っちゃった。


 ぐぅぅぅ~~


 いいなぁ~~と上目遣いに、見れば、井上さんと目があった。


「もしかして、西園寺さんって人が多いの苦手?」


「うん」


 ……ていうか……初心者です~~


 という意味を込めて、うるうる目のまま頷けば、井上さんは『判ったわ!』とうなづいた。


「じゃあ、今日はあたしが買いもの手伝ってあげる!
 どんな種類のパンが好き?」


「うんっと、一番好きなのはタティ・スコーン。
 最近ブリオシュも気に入ってて……」


「タティ……? ブリオシュ?
 ごめん、あたし、ソレ初めて聞いた。
 ……ん、できっと、購買部にも売って無いと思……」


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