脳をえぐる小説集


「おまえがやったのか?」


帰宅後、自分の部屋に閉じこもった行人は、黒色ノートにむかって聞いた。


机の上で、ノートはひとりでに開かれた。
白いページに、文字が浮かぶ。


『そうよ』


「なんで、そんなことを?」


『だって、あなた、望んでいたんでしょう?わたしはあなたの道具なのだから、持ち主の望みを叶えるのは、当然のことよ』


行人は口ごもった。
「あれはおれの妄想だ。本当にあんなことをしたいだなんて・・・・・・」


『思ってないの?』


文字が急に、ページいっぱいに大きくなった。


それに気圧されて、行人は何も言えなくなる。


『思っていたのでしょう?』


行人は、うなずいた。
「でも、一体、どうやって怪我を負わせたんだ?おまえ、ただのノートだろ?」


『ページの端で切ったのよ。いきおいよく、素早くね』


そういえば、紙の端をサッとこすって、指の腹を小さく切った経験が何回かある。
紙自身が、ノート自身がその気になれば、人間を切り刻むことができるのか。


それが、付喪なのか。


行人は、付喪になったノートの凶行を想像してみた。


夜道を歩く、田倉信次。そこに飛んでくる黒色ノート。ぼうぜんと立ちすくむ田倉。ノートは前触れもなく、いきなり田倉の耳をページの端で素速く切る。田倉は、ええ、と叫んで目をつぶり、頭をふりまわす。ちぎれかくた耳がだらしなくゆれる。ノートはページでその耳をはさみ、思いきりひきちぎる。田倉は大声をあげ、電柱に後頭部を打ちつける。


ノートがあの文章を実現してくれたとすれば、おそらくこんなところか。


そのあと、黒色ノートは田倉の全身を切り刻んだのだ。
どれくらいの傷をつけたのかはわからないが、病院に長期間の入院をすることになるくらいには、切り刻んだのだ。







行人は、笑った。






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