脳をえぐる小説集
図書館で会った、あの少年の言葉。
いま、振りかえると、まるで黒色ノートが付喪になることを予見していたかのようだった。
行人はあわてて起き上がった。不安がぶりかえし、顔が青くなる。
もし、あの少年が、何らかの理由でノートが付喪になっていたことを知っていたとしたら。そしてそのことを、警察に話そうとしているとしたら。
『付喪を見つけたら110番』
そんな警察のポスターが、いまでは街中に貼られている。
もし警察がたずねてきたら、行人には、隠しとおす自信がない。必ず顔に出てしまうだろう。
考えすぎかもしれない。
しかし、一度気になると、その心配は頭にこびりついて離れなくなる。
行人は、部屋を歩きまわった。首の後ろをかきむしり、小さくうめきながら歩きまわった。
そうやって誰に見せるわけでもなく、表面上はしばらく迷うふりをしてみせたが、心の中ではすでにやるべきことを決めていた。
あの少年を殺そう。
黒色ノートに殺してもらうのだ。
「また、書いていいかな」
話しかけると、机の上のノートは、うれしそうに新しいページを開いた。
行人は椅子に座り、手元に転がっていたシャープペンシルを手にとった。
すると、ノートがひとりでに閉じた。
「え?なんで?」
とまどいの声をあげると、それに答えるかのように、ノートの表紙に文字が浮かんだ。
『いつものボールペンで書いて』
「いつもの?」
すぐに筆箱に入っている、愛用のボールペンを思い出した。
「ああ、あれか。別にいいじゃない。シャーペンでも」
『だめ』
ノートは机の隅へ移動した。
「何でだよ?」
『いいから。お願い。あのボールペンを使って』
行人は、納得がいかなかったが、とくに反対する理由もないので、いつものボールペンで書くことにした。