脳をえぐる小説集
行人は鼻の痛みを忘れて、ノートの紙片を見下ろした。
「あ」
かさこさ
かさこさ
かさこさ
かさこさ
かさこさかさこさかさこさかさこさかさこさかさこさかさこさかさこさ
動いていた。
細かく破られた、ノートの紙片のひとつひとつが、床の上で、かすかに震えているのだ。
「おかしい」
陸は目を細めて言った。
「付喪は、物としての役目を果たせない状態になると、死ぬはずなんだ。あれは、もうノートとしては使えないはずだ。それなのに、なぜ?」
眉間にしわをよせながら、陸はノートの紙片をにらむ。
そのとき、ノートの紙片のひとつひとつが宙に浮いた。
行人は、鼻血を流しながら笑った。
やった。やった。なぜだかわからないが、ノートの付喪はまだ生きている。あの二人をやっつけてくれるかもしれない。僕の鼻をこんなふうにしやがったんだ。許せない。許せない。報いをあたえるんだ。切り刻むんだ。切り刻むんだ。あの赤シャツ野郎は、鼻を切り落としてやろう。あの不気味女は、服を破いて、裸でいたぶってやろう。ぼくを殴るからいけないんだ。わけのわからない奴らめ。殺してやるんだ。切り刻んでやるんだ。切り刻んでやるんだ。
行人は叫んだ。
「やれ。やれ。やっちまえ」
ノートの紙片すべてが、宙を浮いた。
そこの部分だけ、まるで部屋の中に雪が降っているかのような光景ができあがる。
後ろにあるのは、ベッドや机だから、かなり奇妙な感じだ。
浮いているのは紙切れだ。
それでも行人には心強かった。
その一枚一枚が、怪物、付喪。
田倉信次の耳を切り落としてくれた凶器なのだ。
「やれやれやれやれやれやれやれやれやれやれやれ」
行人は、床をひっかきながら叫んだ。
それなのに、陸は落ち着いていた。
ドアの前から、一歩も動かずに、静かな表情で何かを考えていた。
その様子が、行人の勘にさわった。
「殺れえ」
声を枯らして、行人は怒鳴った。
ノートの紙片が、陸にむかって飛びかかった。