脳をえぐる小説集
その時、強い風が吹きつけてきた。
風を受けて、行人は目を閉じた。
「?」
まぶたをこすり、すぐに目を開けた。
そして絶句した。
ノートの紙片が、すべて消えていた。
部屋中を見渡したが、無い。まったく無い。
何だよこれ、何がどうなっているんだ?
陸の方を見た。
いつの間にか、遊美という少女が、彼の前に立っていた。
かさこさかさこさかさこさかさこさかさこさかさこさかさこさかさこさ
音がした。
音は、遊美の手元から聞こえてきた。
行人は目を向けた。
両手に、何かが握られている。
ノートの紙片だった。
すべてのノートの紙片が、遊美の手の中で、苦しそうにもがいていた。
行人はつぶやいた。
「なんで?なんで?」
行人がその答えに思い至るまでに、数秒かかった。
さっきの風が吹いた一瞬。
その一瞬で、遊美がノートの紙片をつかまえたのだ。
あれだけ細かく、たくさん宙に浮かんでいたものを。
すべて。
一瞬でだ。
「ふざけるな。ふざけるなよう」
行人は、震えだした。
何だそれは?何でそんなことができるんだ?あの女は一体何なんだ?
陸が動じないのは、この遊美という少女がいるからなのか。
遊美は、あいかわらず無表情のまま、床を見つめていた。
その時、陸の表情が変わった。
「あのノートの特徴、飛ぶ、ページの端で切る、文字が動く」眉をひそめる。「……文字が動く。……そうか」
陸は叫んだ。
「遊美ちゃん、気をつけて。そのノートは付喪じゃない」
行人は耳を疑った。
何を言ってるんだこいつは?
陸は、さらに叫んだ。
「ノートじゃなかったんだ。付喪になっていたのは、インクだ。ノートにつづられていた文字の、ボールペンのインクが付喪になって、ノートをあやつっていたんだ」