脳をえぐる小説集
すると、遊美の手の中で、ノートの紙片の動きが止まった。
そしてその紙片に、急に染みが浮かんだかと思うと、そこから黒い液体がびゅっと飛び出してきた。インクだ。
「うわ」
行人は目を丸くした。
指の先ほどの量の黒い液体、いや、ボールペンのインクの付喪は、べちゃ、と壁にはりついた。
付喪になっていたのは、ノートではなく、インクだった。
行人は、そのことに驚き、それから納得した。
あの動く文字は、てっきりノートが動かしているのだと思っていた。ちがった。文字自身が、インクが動いて、行人にむかって言葉を送っていたのだ。
そういえば、陸を殺すための文章を書こうとしたときも、こんな文字がつづられた。
『いつものボールペンで書いて』
両親にもらった、愛用のボールペン。
その中に詰まったインクが付喪になっていたのだ。
だから、あのときノートの文字は、行人にボールペンを使うよう、指示を出したのだ。
「インクの付喪か。……さて、どうしたものか」
陸は難しい顔をしてつぶやいた。
それを聞いて、行人は、はっとした。
インクは液体だ。
さっき陸が言っていたが、付喪の殺し方が、物として使えない状態にすること、つまり壊すことだとしたら、液体を破壊するなんてことは、容易ではない。
遊美は静かに、インクのはりついた壁を見上げた。
すると、インクが壁からびゅっとはなれ、ベッドの側面にへばりついた。
みし、という音がした。
ベッドが素早く宙に浮いた。
インクがベッドを持ち上げたのだ。
行人は、口を開けたまま、それを見つめた。
ベッドは天井近くまで上昇すると、遊美にむかって、すごい勢いで落下した。
遊美は片手でそれを受け止めた。ベッドから、布団と枕がずり落ちる。
すると、ベッドの側面からインクがはがれた。
そのまま、遊美にむかって飛びかかる。