脳をえぐる小説集
「よけて」
陸が叫んだ。
しかし遊美はベッドを持ちあげていて、とっさには動けない。
インクはそんな遊美の長い黒髪に、染み込んでいった。
黒髪が、ひとりでにいきおいよく動き出した。インクにあやつられているのだ。
その黒髪は、遊美の首に巻きつき、思いきり締め上げた。
みち、と肉にくいこむ音がする。
遊美はとっさにそれをはずそうとしたが、髪の一本一本が深くめりこんでいるため、うまくはずせない。締めつけは、さらにどんどんと強くなってゆく。
それなのに、遊美という少女は、まだ無表情をたもっていた。
「遊美ちゃん、待ってて」
何かを思いついたのか、陸はそう言い残すと、駆け足で部屋から出た。廊下を走る音が遠ざかってゆく。
行人は、そこでふと我にかえった。
これはもしかして、こっちに有利な状況なのではないか?
このまま、あの遊美とかいう化け物みたいな少女を絞め殺してしまえば、黒色ノートのことを知る人物は、あの陸という少年だけになる。陸はおそらく普通の人間だ。インクの付喪でも、殺せるはずだ。あんな姿でも、ベッドを軽々と持ち上げる力を内包しているのだ。大丈夫だ。きっと殺せる。
よしよしよし。いいぞいいぞ。何にせよ、まずはこの女からだ。
「殺せ」
行人は、遊美を指さして、うわずった声で命じた。
すると、それに呼応するかのように、髪の締め付けがまたさらに強くなった。