脳をえぐる小説集
陸が部屋に入ってきた。
その手には、バケツを抱えていた。中には石鹸水がたっぷりと入っていた。おそらく風呂場で汲んできたのだろう。
それを見て、行人はすぐに陸の意図を察した。
あの石鹸水を、インクに浴びせるつもりなのだ。
そうやって、インクの成分を石鹸水によって、洗浄、分解させることで、インクはインクとしての役割を果たせなくなる。つまり、壊れる。陸の先ほどの言葉によると、そうすれば付喪は殺せるのだ。それが、インクの付喪の殺し方。陸がやろうとしていることだ。
陸は、宙に浮かぶ遊美の首を見て、一瞬絶句した。
しかしすぐに歯を食いしばると、その首を狙うようにして、バケツを抱え上げた。
させるかよ。
「よけろ。そのバケツの中身は石鹸水だ。絶対に浴びるなよ」
行人は叫んだ。
それを聞いて、遊美の首は一瞬さがろうとした。
すると、横から腕がのびてきて、遊美の首をつかんだ。
「はあ?」
行人は、まぬけな声をあげた。
そして、腕の主を見た。
思考が止まった。
行人が放心している間に、陸はバケツにはいった石鹸水を、遊美の首に思いきりぶちまけた。
派手な水音とともに、遊美の首はびしょ濡れになる。インクの染みていた髪の毛が、一本一本が苦しそうに蛇のようにのたうち、もがいた。インクの成分が、石鹸水により、洗浄、分解されているのだ。
やがて、髪の毛は動かなくなった。
インクの付喪は死んだ。
しかし行人は、ぼうぜんとしたまま、あるものを凝視していた。