脳をえぐる小説集
そうして、人形は、その日から遊美として、周一郎と共に生活をすることになった。
生活とはいっても、人形は食事はしないし、睡眠もとらない。基本的には、遊美の部屋の中で、ずっと立ち続ける毎日であった。
時折、周一郎に呼び出されて、食事につきあったり、屋敷の中を歩きまわったりした。
周一郎は、遊美との思い出をいろいろと人形に語った。
幼い頃、遊美が一千万円以上する彫像の顔にマジックでヒゲの落書きを描いたこと。
魔女が登場する映画を見て、自分も魔法が使えると信じ、箒を股にはさんで階段の上から飛び降りてケガをしたこと。
中学生になった頃には、自立心がめばえて、周一郎のことを避けるようになり、部屋に閉じこもることが多くなったこと。
夜遅くまで学校の友達と遊んでいたことを叱りつけ、激しい喧嘩になったこと。そのとき初めて遊美の頬をたたいてしまったことを、いまでも後悔しているということ。
高校生になる頃には、周一郎と会話をすることがめっきり少なくなったこと。
それでも、毎年周一郎の誕生日には、ケーキを作ってくれたこと。
人形は、その話のひとつひとつにうなずいてみせた。
そうするだけで、周一郎は、目に涙を浮かべて喜んだ。
人形と一緒に、外出してみたかったが、それは我慢した。もし、知人に見られたりしたら、余計な騒ぎになる。そういう慌ただしいことは嫌いだった。周一郎は静かに遊美と暮らしたかった。
時々、雑誌の取材や美術商が訪れたときには、人形を物置に隠した。
人形は、周一郎の言うことには、素直に従った。周一郎は、それが少し気になった。娘の遊美は、もっとわがままな子供だったはずだ。しかし一度死んで人形としてよみがえると、いろいろと変わってしまうのかもしれないと考え、納得した。
周一郎は、幸せだった。
遊美の人形が、廊下を歩く。階段を下りる。ドアを開ける。椅子に座る。しゃがむ。寝転がる。そんな何気ない動きを眺めるだけでもうれしかった。
自分の最高傑作が、遊美の魂をのせて動いているということが、親としても、芸術家としても、うれしくてしょうがなかった。