脳をえぐる小説集
遊美の人形も幸せだった。
いつも大事に扱われ、人形として、物としてのの幸せを感じた。
周一郎が外出しているときは、人形は屋敷の書斎で本を読んでいた。少しでも遊美という役割に近づけるよう、人間について学ぼうと思ったのだ。
本を読んでいる間、屋敷にある様々な物の声が聞こえた。
「になああああ、になああああ」
「つきつつつつ、つきつつ、つきつつつつつ、つきつき」
「ひいころころころ、ひいひいころろろろろ」
「ばぐんとっ、ばぐんとっ、ばぐんとっ」
「ないいいいいむ」
「とこぼぼぼぼぼぼぼ」
窓ガラス、テーブル、カーテン、壺、電灯、換気扇、様々な物が、屋敷のあちらこちらでそれぞれの声をあげていた。
この声は、周一郎には聞こえていないようだった。
人形も、物の声を発することはできた。
いくつもの本を読み、周一郎の話を聞くことで、物の声で人間の言葉を話せるようにはなったが、話しかけてみても、周一郎は反応してくれないので、さみしかった。
時々、洗面台の前に立って、鏡に映る自分にむかって、言い聞かせるようにつぶやいた。
「わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美。わたしは遊美」
周一郎のためにも、本物の遊美に少しでも、近づきたかった。遊美の部屋にある、学校の卒業アルバムや日記に目を通して、少しでも本物の遊美らしくふるまえるよう、努力した。周一郎を傷つけたくなかった。だから、嘘がばれないよう、細心の注意をはらった。
その成果のおかげか、周一郎は人形が本物の遊美ではないと疑うことはなかった。