脳をえぐる小説集
アトリエの部屋の中は、極彩色に染められていた。
赤。
青。
黄。
緑。
紫。
黒。
白。
桃。
茶。
他にも様々な原色の粘液が、壁や天井、床や棚にたくさんぶちまけられ、飛び散っていた。
まるで、巨大なステンドグラス。もしくは立体的な抽象画の中に迷いこんだかのような、人間だとめまいを起こしそうな、強烈な光景であった。
それは、絵の具だった。
水彩、油性、アクリル、ポスターカラー。
周一郎が絵画を描くときに使っていた、大量の種類の絵の具だ。
その中身、全ての色彩が、部屋中を隙間なく埋め尽くすようにしてこびりついていた。部屋に入った遊美の人形は、床についた灰色の絵の具をぬめりと踏んだ。
例の声は、その絵の具から聞こえてきた。その声は、さっきとくらべて、だいぶ弱々しくなっていた。
「みじぇじぇねえねえ。みねねね。みじぇみ」
「みじぇねねねね」
「みじぇねみ」
「み」
「みじぇねね」
「ね」
「み」
絵の具の声が途切れた。
死んだ。
ゴミになったのだ。
部屋中に、飛び散った絵の具は、付喪になっていた。
しかし、壁や天井、床にこびりつき、乾燥した絵の具は、もう絵の具としては、使えない。だから、物として、死んだ。付喪としても死んだ。その瞬間、ただのゴミになったのだ。
それを無視して、遊美の人形は、周一郎の姿を探した。
周一郎は、窓際に、胸をおさえてうつぶせになって倒れていた。頭から足にまで、全身に絵の具がこびりついていた。