脳をえぐる小説集
そのとき、部屋の真ん中で、何かが倒れる音がした。
遊美の人形は、ゆっくりと振り返った。
そこには、一台のキャンパスが倒れていた。周一郎が絵を描くときに、使っていたものだ。隙間風に吹かれたのか、自然に倒れたらしい。
キャンパスにのせられていた、一枚の絵が、床に落ちていた。
それを見下ろした瞬間、遊美の人形の肩が一瞬震えた。
それは、遊美の絵だった。晴れた青空の下、庭にたたずむ遊美の姿が描かれていた。
まだ色を塗られていない。鉛筆による下書きの段階の作品であった。
絵に描かれた遊美は、人形と同じ無表情であった。それでも、その絵の中の遊美は、とても美しかった。線のひとつひとつに、周一郎の温かい目線が宿っているかのようであった。
絵の隅には、小さく、照れくさそうな字体でこう書かれていた。
『誕生日おめでとう』