脳をえぐる小説集
その声を聞いた途端、遊美の人形はかたっと顔をあげた。
さっきの絵の具の付喪と同じ、どろりとした、黒くて焼けるほど熱い何かが、その声の中にまざっていたのだ。
壊したい。
反射的に、そう思っていた。
とにかく自分の体を動かした、わけのわからない熱い感情を、何かにぶつけなければ、おさまらなかった。根拠はないが、あの声を発した物は、何かよくない存在のような気がした。
あれを壊そう。
深く考えずに、決めた。
壁に開いた穴から、庭に飛び降りた。
三階の高さを、無傷で着地する。
月のない暗闇だった。風が、強く吹いている。
「てえてえてえ」
「てえて」
「てててえ」
声のしたほうを向くと、遊美の人形は高く跳躍した。
民家の屋根の上に飛びのると、闇の中、音をたてずに素早く走る。
間もなくして、遊美の人形は、一軒の古いアパートの前に立った。
あの声は、アパートの二階の一室から聞こえてきた。