脳をえぐる小説集
すると、そんな陸の目の前で、遊美が、懐中電灯を踏み潰した。ぱきゃっと音をたてて、懐中電灯は、粉々に砕けた。
「何するんだっ?」
陸は思わず声を荒げた。
遊美は、首をかしげた。
「これを、壊してほしかったのだろう?」
陸は、怒りをこらえた。
相手は人形なのだ。悪気があるわけではない。
「もう、いいんだ。ひとを襲わなくなったのなら、もう、いいんだよ」
「そうなの?」
遊美は、じっと足元を見つめた。
なんとなく、様子がおかしいことに陸は気付いた。
「どうかしたのか?」
陸は聞いた。
遊美は、顔をあげて言った。
「おさまらないの」
「え?」
「熱いものが、まだおさまらないの。周一郎が死んでからの、熱い感情。この動く物、あなたが付喪と呼ぶものを壊しても、全然おさまらない」
陸は、遊美の話を思い出した。座木周一郎という老人に、作ってもらったこと。周一郎と、いっしょに暮らしてきたこと。そして、その周一郎が今日、絵の具の付喪に殺されたこと。それから遊美は、本人にはわからない、熱い感情にふりまわされて、どうすればいいのかわからなくなっていること。
「・・・・・・・・・」
陸は静かに遊美を見つめた。遊美は、レジのテーブルに手をかけると、それを軽く押した。ビシッと、テーブルにヒビが入る。
「わたしはいま、物凄く暴れたい。そうすれば、おさまるのかしら?」
「無駄だよ」陸は言った。「君がいま感じているそれは、物を壊したら、どうにかなるものじゃない。暴れたら、おさまるようなものじゃあない。」
じゃあ、どうすれば、と言いかけて、遊美は絶句した。
陸が、遊美の体をそっと抱きしめたのだ。
「・・・・・・何をする?意味がわからない」
遊美は言った。その声色には、かすかな動揺がまじっていた。
腕に力をこめながら、陸はつぶやいた。
「・・・・・・泣きなよ」