脳をえぐる小説集
夕方、陸はアパートの自室で、目をつぶって立っていた。
全身の力を抜く。
まぶたの裏の闇を見つめながら、意識を集中する。
しばらくは何も聞こえない。
それでも意識を集中する。
数秒たつ。
すると、いきなり群集の中に飛び込んだかのように、頭の中に、たくさんの物の声が反響する。
まず聞こえてくるのは、近くにある物の声。
畳の声。壁の声。本棚の声。テレビの声。襖の声。電灯の声。天井の声。窓の声。
意識を外に向けてみる。
ドアの声。アパートの鉄階段の声。狭い駐輪場に並ぶ自転車の声。道路の声。車の声。車の声。塀の声。電柱の声。車の声。
外にある物の声が、いろいろと聞こえてくる。
少しずつ、意識を遠くへ向けてみる。
犬の首輪の声。針金の声。おそらく洗濯物の、シャツ、下着、タオルの声。車の声。車の声。車の声。電柱の声。サッカーボールの声。車の声。車の声。
「じばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじば」
感触のちがう声が聞こえた。
黒くて熱い、どろりとした声。
殺意を持った、付喪の声だ。