脳をえぐる小説集
「どうして断らなかったんだ?」
夜、自分の部屋で机に突っ伏している羅利子にむかって、雅彦は声を荒げて聞いた。羅利子は、ちらりと雅彦を見ただけで、何も返事をしなかった。
「まさか、あいつと付き合うつもりなのか?」
声が震えている。
そんな雅彦のことは気にせずに、羅利子は沢野のことを考えていた。
好き、だなんて言われたのは、生まれて初めてだ。
さっきからずっと、気分が高揚している。熱いため息が、何度も口からもれる。
それにくらべて、雅彦への想いは冷めてしまっていた。以前のような激しい感情が、完全になくなっている。たった一言の告白が、自分の心をここまで変えてしまったことに、羅利子は驚きを感じていた。
「おい、何か言えよ」
雅彦は、まだわめいている。昨日まで、たくましく感じていたその低い声が、いまではただの雑音にしか聞こえない。
一晩だけ考えさせてと言ってみたが、その必要はないようだ。