脳をえぐる小説集
六
一ヶ月が過ぎた。
沢野との交際はうまくいっていた。お互い、クラスでは目立たない、おとなしい人間だったので、いろんな点で気があった。
二人がいっしょにいる間、雅彦は暗い目つきをして、羅利子にむかって大声で文句を言いつづけた。羅利子は必死でそれを無視したが、気になって沢野との交際を心から楽しむことができなかった。
数日前に、沢野と初めてのくちづけを交わしたときも、雅彦は羅利子の耳元に顔を近づけて、
「やめてくれ。やめてくれよ」
と泣きながらうめいていた。
そんな状況でも、羅利子は沢野のために、うれしそうな表情を浮かべなければならなかった。
このうっとうしい幻覚を消すことはできないかと思い、何度か雅彦が消える光景を想像してみたが、だめだった。あの日、あまりにも長時間集中して想像したために、雅彦の幻覚は、頭の中にこびりついてしまっているらしい。