脳をえぐる小説集
「なあ、頼むよ。沢野と別れてくれ。そうしてくれないと、おれ、マジで死ぬかもしれない」
雅彦は、畳に額をこすりつけた。
そんな雅彦を見下ろしながら、羅利子はゆっくりとこう言った。
「じゃあ、死ねばいいじゃない」
重い沈黙が、部屋の中をただよった。
雅彦は顔をあげた。いまの言葉が、理解できないといった顔をしている。
「いいものをあげる」
そう言うと、羅利子は包丁を細かく想像しはじめた。外見、固い感触、切れ味などを、一瞬で思い浮かべる。
包丁の幻覚が、雅彦の目の前にあらわれた。それは鈍い音をたてて、畳の上に落ちる。
「それで自殺しなさい。そうすれば、もうずっと、苦しまないですむでしょう?」
呆然とする雅彦を見ながら、羅利子は心の中で笑っていた。
何で今まで思いつかなかったのだろう。初めからこうすればよかったのだ。雅彦を殺してしまえば、もう二度と、沢野との恋を邪魔されることはなくなる。まあ、死体の幻覚となって、一生視界に転がっているかもしれないが、それくらいのことはかまわない。口出ししないだけ、だいぶマシになる。