脳をえぐる小説集



「あんた、それでも人間か?」
雅彦が、信じられないといった口調で叫ぶ。


「幻覚のあなたに言われたくないわね。よく考えてみなさい。わたしはこれからも絶対にあなたを愛さないわよ。だからあなたは、わたしが死ぬまでずっと苦しむことになる。そんなつらい思いをするくらいなら、いまここで一生を終えてしまったほうがいいんじゃない?」
優しく語りかける。
「わたしを死ぬほど愛しているんでしょう?だったら、わたしのために死んでちょうだい」


雅彦はうつろな目で、羅利子と包丁を交互に見比べた。そして腕を震わせながら、包丁を拾って強くにぎりしめた。


「首を切りなさい」
興奮で声がうわずってしまう。いくら幻覚とはいえ、目の前でひとの死を眺めるのは、刺激的だった。


ところが、雅彦は包丁の切っ先を羅利子に向けた。電灯の光が、銀色の刃を照らす。


「どういうつもり?」
羅利子は、ゆっくりと聞いた。



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