脳をえぐる小説集


深く息を吸ってから、雅彦は答えた。
「あんたの言うとおりだ。こんな苦しみを味わいつづけるくらいなら、おれはここで命を断ってしまったほうがいいと思う。でも、おれは幻覚だけど、心は人間なんだ。死や痛みに対する恐怖がある」
少し間を置いてから、雅彦はつづけた。
「だから、あんたを殺して、おれは消えることにする。おれはあんたの幻覚だからな。死ぬんじゃなくて、消えるんだ。そうすれば、痛みはなく、眠るようにして、命を終えられる」


二人はしばらくの間、互いににらみあった。どちらの視線も、どす黒いもので満ちていた。


「馬鹿ねえ」
羅利子はわざとらしくため息をついた。
「その包丁はわたしの幻覚なのよ。幻覚の包丁で、本物の人間を殺せるわけがないでしょうに」


「普通の人間ならな」
雅彦は笑った。
「だが、特殊な想像力を持つあんたなら」




肩を刺された。




刃の肉にめりこむ感触が確かにある。




羅利子は愕然とした。


そんな馬鹿な。幻覚の包丁に傷をつけられるなんて。


もったいぶるようにして、血が流れだす。傷口から、熱い痛みがゆっくりと、広がってゆく。


「やっぱりだ」
うれしそうにつぶやき、雅彦は包丁をひきぬいた。




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