脳をえぐる小説集
羅利子は雅彦を突き飛ばした。立ち上がり、震える足取りで部屋を飛び出す。
「逃げたって無駄だぜ。おれの本体は、あんたの頭の中にこびりついているんだ。あんたがどこにいようと、おれはあんたの目の前にあらわれる」
雅彦の勝ちほこった声を背中に受けながら、羅利子は階段を駆けおりた。涙で視界がかすんでいる。汗が、どっと浮き出てくる。
一階に降りると、両親のいるリビングに駆けこんだ。
「父さん、母さん」
娘の必死な叫び声に、テレビを見ていた両親はおどろいてふりむいた。
「どうしたんだ?」
父親が駆けよってきて、羅利子の肩に手を置く。
「痛い」
顔をしかめて、その手をはらった。父の指が、傷口に触れたのだ。
「どこか痛むの?」
母親が、心配そうにたずねる。
見れば分かるでしょう、と言いかけて、ふと気がついた。いま羅利子の肩は、赤黒い血で染まっている。それなのに、両親の視線はまったく肩の方を向いていない。
まるで、血が見えていないかのように。
まさかと思って、聞いてみた。
「ねえ、いま、わたしの肩から、いっぱい血が出てるよね?」
両親は、顔を見合わせて首をかしげた。そして、父親が答えた。
「何を言っているんだ?血なんて、どこにもついてないぞ?」
羅利子は顔を青くした。
そして、わかった。
なぜ、幻覚の包丁で刺されて、傷を負ったのかが理解できたのだ。