脳をえぐる小説集
「気づいたようだな。そのとおり、その傷はあんたの幻覚だ」
いつの間にか、両親の背後に雅彦が立っていた。手に血のついた包丁を握りしめている。
雅彦はつづけた。
「さっき二階で刺された瞬間、あんたは、傷や血、刺される感触や痛みを、無意識に想像してしまったのさ。そして、それは幻覚となって、あんたの肩にあらわれた。実際のあんたの肩は無傷なんだ。だから、親に助けを求めても無駄だぜ。狂人あつかいされるだけだ」
危険を目の前にした時、人は恐怖を感じる。それは、その危険に巻き込まれたときの苦痛を想像してしまうからだ。
「おい、どうした羅利子、そんなに震えて?」
父親が声をかけるが、羅利子は聞いていなかった。
「どうだ?幻覚でも痛いだろう?幻覚でも苦しいだろう?あんたが凡人離れした想像力を持っていてくれて助かったよ。おかげでおれは、今まで苦しめられてきた復讐をゆっくりと果たすことができる」
雅彦は、包丁をかまえて飛びかかってきた。