脳をえぐる小説集
結局、膜をはがすことはできずに、おれは包まれたまま家に帰ることにした。
あたりはすっかり暗くなり、空には星が見え始めていた。道を歩く途中、すれちがった人達が、なぜかこっちを向いて顔をしかめていた。だが彼らにも、膜は見えていないようだった。
家に着くと、門限に遅れたという理由で親父に叱られた。普段は温厚だった親父が、その日にかぎってめずらしくいらついていた。
説教はかなり長く続いた。帰りが遅かったくらいで、そんなに怒らなくても、と思ってむくれていると、親父はいきなり、
「何だその目は」
と叫んでおれを蹴り飛ばした。
信じられるか?まだ五歳の息子をだぜ?
廊下にたおれたおれは、腹をおさえながら泣き出した。すると、親父は我にかえったような表情になり、あわてておれを抱き起こした。
「す、すまない。ああ、おれは何やってるんだ?」
親父は必死であやまったが、そのあとすぐに虫の死骸にでもさわったかのような態度でおれから手をはなした。その目つきは、さっき公園で悲鳴をあげた、三人の友達のものとよく似ていた。
気まずい雰囲気のまま、晩飯を食べた。
なぜかおふくろも、おれへの接し方がいつもとちがっていた。
親父もおふくろも、何かにとまどっているかのようだった。
膜について、両親に話すのはやめておくことにした。叱られたばかりで話しかけづらっかたし、子供心にも、話したら、頭がおかしいと思われそうだと感じていた。