脳をえぐる小説集
町の中には、誰もいなかった。
どの民家も、玄関のドアや窓が開けっ放しになっている。人の気配は全くない。どこかの信号機から、音の割れた「とうりゃんせ」が聞こえてくる。住民はみんなどこかに避難したのだろうか?しかし何のために?それがわからない。見たところ、どの建物も破損はなく、何か災害が起きたような形跡は見当たらない。
朝だというのに、雀や鴉の鳴き声がまったく聞こえないのも妙だった。あのたくさんの鳥や虫達といっしょに、みんな遠くへ飛んでいったのだろうか。なぜ?
次々とわいてくる疑問にいらつきながら、おれは商店街に足を踏み入れた。
そこにある小さな電気屋の店頭に、電源を入れたテレビが置かれていた。何の気もなしにそれを見ると、画面に見覚えのある町並みが映っていた。
それはおれが今いるこの町を、ヘリコプターで上空から撮影したものだった。
おどろいてテレビの前に駆けよると、画面が変わって、今度は町の外れにある病院が映った。大勢の人間が、その病院の入口に群がっていた。
どうやら、この町の異変について報道されているようだった。マイクを持ったレポーターの言葉を、おれは耳を近づけて聞きとった。
レポーターの話を要約すると、こうだ。
昨晩の深夜四時頃、この町の住人はみんな、突然家を飛び出して、町から避難したという。住人達が言うには、急に気分が悪くなり、なぜか町の中にいるのが、すごく嫌になったのだそうだ。町を出ると、気分の悪さはおさまったが、なぜか町に戻ろうとは思えない。念のために、いま住人のひとりひとりが、病院で検査を受けている最中である。
と、まあ、そういった感じのことを、レポーターは釈然としない顔つきで語っていた。
おれはすぐにわかったよ。
こいつは、嫌魔のせいだってね。
ガジの会の建物で、おれの嫌魔は三十以上の他の嫌魔と融合しやがった。そしたら、嫌悪感が届く範囲も、三十倍以上になったってわけさ。鳥や虫が飛んでいったのも、きっとそのせいだろう。
さっき言ったテレビで報道された事件ってのは、このことさ。あれ、おれが原因だったんだよ。
おれは、テレビの前で力無く笑った。
なんかもう、笑うしかなかった。