脳をえぐる小説集
町が無人になってから、一ヶ月くらいが過ぎた頃のことだ。
昼間、おれが食べ物を盗みに商店街へ行くと、一軒の小さな駄菓子屋の中から、物音が聞こえてきた。
おれはおどろいて立ち止まった。
おかしい。この町にはひとはいないはずだ。犬や猫なんかもいなくなっているはずしかし確かに、何かが動いている気配がある。おれは息を呑みながら、駄菓子屋の中をのぞいてみた。
ひとりの少女が、レジの横に置かれてあるスナック菓子の袋をあさっていた。パジャマを着た、十三歳くらいの少女だった。おれが近づくと、少女はふりむき、少しの間、じっとこっちを見つめてから、ゆっくりと頭をさげた。
「こんちは」
はっきりとしない発音で、少女は言った。
「え?ああ、こんにちは」
つられて、おれも頭をさげた。
「お兄ちゃん、逃げ遅れたあですか?」
少女はこちらを直視したまま聞いた。なんだか、しゃべるのがおそい。
「逃げ遅れたって?」
「テレビで言ってたあです。この町、危ないバイキンいっぱいて。だからこの町のひとは、みんな逃げたて」
少女はおれに対して、嫌悪を感じていないようだった。
どうなってるんだと思いながら、おれは聞いた。
「君は逃げないのか?」
「はい」
「どうして?」
「この町にはあ、お母さんのお墓があるです。テレビでは、この町、立入禁止になったって言ってたあです。一度この町から出ると戻れなくなりそう。そしたら、お母さんのお墓参りに行けなくなるので、それはお母さんがかわいそうなので、わたしはこの町にいることにしたあのです」
ぼそぼそとしたしゃべり方で、少女はそう語った。
なんとなく、わかった。この娘、たぶん脳に障害があるのだ。