脳をえぐる小説集


付喪とは、物がひとりでに動き出し、ひとを襲うという怪現象のことである。


いま日本では、あらゆる場所でこの現象が起きており、人々を混乱させている。


テレビや新聞では知っていたが、まさか自分の家で起こるとは思わなかった。


とにかく道子を助けなきゃ。


母親はもう一度、娘が詰まった引き出しひ飛びつこうとした。


固いものが腹にめりこんだ。
別の引き出しがひとりでに強く飛び出し、下腹部にぶつかってきたのだ。
母親はうずくまった。胃の中のものがこみあげそうになり、あわてて口をおさえた。
相手が物だから油断していた。あれはもう普通ではないのだ。
脳裏に、何気なく見ていた、付喪のニュースの画像が浮かぶ。付喪によって死亡した、被害者達の顔写真。


箪笥に殺されるかもしれない。


母親は動けなくなった。
胃のあたりが深く痛んだ。


道子がまた悲鳴をあげた。甲高い泣き声だ。
箪笥の引き出しが、はみだした手首をさらに強くしめつけていた。娘の手は、指を蜘蛛の足のようにばたつかせていた。
このままでは、手首がちぎれてしまう。
だが、母親は動けなかった。また引き出しをぶつけられたら、今度は当たり所が悪くて死んでしまうかもしれない。想像すると、腹の痛みが増してきた。


ああ、でも、このままじゃ、道子の手首が。


母親は、唇を噛んでうつむいた。


そのとき、ドアが開いて、見知らぬ少年がはいってきた。
十七歳くらいの、細い目をした色の白い少年だ。赤い長袖のシャツに、黒いズボンを身につけている。


「ああ、やっぱりいた。付喪だ」


静かにつぶやくと、少年は母親に聞いた。
「おばさん、あの引き出しに閉じこめられているひとは、おばさんの家族?」
とまどいながらうなずくと、少年は箪笥をにらんだ。
「そうか。じゃあ、早く助けないとね」
「ちょ、ちょっと待ってよ。あんたいったい誰なのよ。ひとの家に勝手にあがりこんで」
「ああ、そうでしたね、すみません」
少年は、おじぎをしてから、ゆっくりとこう言った。


「ぼくの名前は、枕陸。付喪狩りをやっています」


「つくも、がり?」
「文字通り、付喪を狩りにきました。あの箪笥は、危険なので、殺します」


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