脳をえぐる小説集
最初は気配からだった。
物を見続けていくうちに、いつの間にか、陸は物の気配を感じとれるようになっていた。
たとえば、道を歩いているときに、見ていないのに、曲がり角の向こうに三輪車があると、なぜかわかった。そして、実際に曲がってみると、そこに三輪車が置かれていた。
他にも、後ろから車の近づく音が聞こえたときに、振り向かないのに、あの車にはテレビが積まれているとなぜかわかった。実際、通り過ぎた軽トラックの荷台には、古いテレビが載せられていた。
まるで、閉じられた箱の中身を当てるかのように、見えないはずの場所にある物の種類を知ることができた。
どこにどんな物があるのか、気配でなんとなく分かるのだ。
そのときはまだ、目覚めつつある力に気がつかなかった。
その後も何度か、物の気配を感じとることはあったが、それが不思議なことだという自覚はなかった。自分はやけに勘がいいんだな、というくらいにしか思わなかった。
自覚したのは、卒業して一年たった頃のことだ。
中学を卒業してから、陸は進学せずに、叔父が経営する雑貨店で働きはじめた。小学生の頃から、休みの日にはいつも通って、叔父の仕事を手伝っていたので、二つ返事で雇ってもらえた。
陸はこの雑貨店が大好きだった。いろんな道具や骨董品、工芸品がいっぱいある、よだれが出そうな職場だった。陸はまじめに働いた。
実家から通うには、少し遠い店だったので、家賃の安いアパートを借りて、一人暮らしをすることにした。
ある日の夕方、陸は、仕事帰りに、公園の便所で、洗面台の鏡をじっと見つめていた。
十六歳になっても、陸は鏡というものが不思議でしょうがなかった。
自分の姿が映るということが、おもしろくてたまらなかった。光の反射による作用という理屈は知っていたが、それでも、自分の髪型や表情、服装をながめることができるという状況はいつも新鮮だった。
一時間くらい、鏡を見ていた。
あたりは暗くなり、公園は薄闇に包まれた。カラスの鳴き声が、かすかに聞こえてくる。それをぼんやりと耳に入れながら、陸はいろいろと角度を変えて、鏡に映る便所の景色を楽しんでいた。
そのとき、突然、声が聞こえてきた。
「かしゅう、かしゅ、かしゅ、かしゅう」
人のものではないし、何かの動物が鳴いているわけでもない。まわりには、何もいない。なのに、それは音ではなく、何かの声だとわかった。