脳をえぐる小説集
一人暮らしの質素な部屋でも、様々な物が置かれている。
炊飯器、ガスコンロ、壁に立てかけた折り畳み式テーブル、ボストンバッグ、ビニール傘、靴、他にもいろいろと。
どれが、あの声を発した物なのか。
どれが、林を殺した物なのか。
集中して、物の声を聞きとろうとした。
そのとき、林の死体が小さく震えだした。
陸は驚き、息を吸いすぎて咳き込んだ。数回咳き込み、息を整えてから、もう一度目をやった。
一瞬、林が生きているのではないかと思ったが、違った。
よく見ると、震えているのではない。
死体の肌が、少しうごめいているのだ。
どうやら、皮膚の下で、何かが動いているようだった。
異様な光景だった。
うごめきで肌が盛りあがるたびに、肉をこするような、濡れた音がかすかに聞こえた。
陸は、口をおさえたまま、じっとそれを見つめた。
うごめきが、急に大きくなった。すると、全身に開いた穴のひとつから、みめりという音と共に、血に染まった棒状のものが、ゆっくりと出てきた。手のひらくらいの長さの、小さな棒だ。それは穴から出ると、まるで蚊のような不規則な動きで宙に浮かんだ。
つづいて他の穴からも、みめりみめりという音と共に、たくさんの同じような棒がゆっくりと出てきた。体中の穴からそれがはみだしている姿は、まるで林の全身に赤い棘が生えているかのようだった。
棒は止まることなく、次々と出てきては宙に浮かんだ。
その数は、十、二十、三十を超え、それが止まった頃には、部屋中におそらく五十を超える量の棒が、ぎっしりと空間を埋めつくしていた。
これだ、と思った。
この棒が林を殺したのだ。
五十本以上の棒に、あらゆる角度から体中を突き刺され、体内をかきまわされたのだ。
棒のいくつかには、肉片のようなものがこびりついていた。
何なんだ、これは。
陸は、その棒の声を聞こうと、神経を集中させた。
棒の一本一本から、あの声が聞こえてきた。
「てえ」
「てえて」
「てえてえてえ」
思い出した。
これは聞いたことがある。
この声は、割り箸だ。