アロマティック
 みのりのいわんとしていることに、今更ながら永遠も気づいた。
 ファンの前で、異性であるみのりと親しげな様子を見せることはタブー。外ではひとりの男である前に、アイドルなのだ。
 永遠にとって当たり前のことも、ファンにはそれが通用しない。永遠にとって自然なことでも、ファンから見ればより親密に見られるのは避けられない。
 いつもならそれをわかっているつもりなのに。
 倒れたみのりを視界にとらえた瞬間、周りが見えなくなった。
 みのりと永遠の間に、張り詰めた沈黙が流れる。

「どうしたの?」

 スマホを片手に持った天音が声をかける。

「わたしがボーッとしてて、転んじゃったの」

 みのりは話しながら、テーブルの上にトランクを置いた。粉々になったアロマの瓶と基材がぶつかる音が聞こえる。トランクを開けなくても、中から様々なアロマの香りが漂っていた。

「えっ転んじゃったんですか!?」

「大丈夫!?」

「平気?」

 皆の優しさに、心に残るわだかまりとは裏腹にみのりは笑顔を作った。

「ちょっと転んだだけだから怪我はないんだけど、こっちのほうは……」

 みのりはそっとトランクを開ける。中は、アロマの瓶が割れ、さまざまな精油が混ざりあい、むせ返るような香りを放っていた。ガラスで出来ている基材のほとんどが、想像通りめちゃめちゃだった。
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