アロマティック
 現実の俺は、みのりの過去を前に、無力だ。
 みのりが負った痛みを、凌に返してやることも、凌のいるこの場所から連れ去ってやることもできない。
 この仕事をしていて、こんなにももどかしい気持ちになったのは初めてだった。

 俺がどんな薬でも作れる魔法使いなら。
 みのりの苦しみを取り除く薬を作って、いつも笑顔でいさせてやるのに。
 俺がもし、全知全能の神なら。
 みのりを悲しませる、全てのものから守ってやることが出来るのに。
 ありえないことを考えるほどに、俺は彼女のことばかりを考えている。

 でも、当の本人は。
 体は小さいが、自分の力で困難に立ち向かう大きな勇気を持っている。

 それでも。
 時おりスタッフに話しかけ、アロマや基材についていくつか言葉を交わし、またひとりポツンといるみのりを見ていると、ついつい一緒にいてやりたくなってしまう。

 これ、過保護っていうのか?
 なんか放っとけないんだよな……。

「撮影入りまーす!」

 その声に、我に返る。

「永遠さん?」

 カメラの方向とセリフを確認していたスタッフが、ぼうっとしていた永遠を不安げに見ている。

「あ、あぁ、大丈夫です」

 安心させるために笑いかけた永遠は、スタッフの向こうの光景に目を見開いた。みのりに近づいていく人物。

 ―――凌。
< 186 / 318 >

この作品をシェア

pagetop