アロマティック
 静かな男子トイレのなかに靴音が響く。みのりは変な緊張感に胸をドキドキさせ、息を殺してゆっくり進んだ。
 入り口を入ってすぐに洗面台。そして男子用のトイレが壁づたいに並び、奥に個室がふたつ並んでいた。そのふたつの個室のうちひとつが使用中になっている。
 そっと近づいて、ドアの前に立ち止まった。

「永遠、くん……?」

「………」

 そっと声をかけてみたものの、返事はない。

「大丈夫?」

「………」

 もう一度声をかけてみたが、やはり返事はなかった。
 このドアの向こうにいるのは別人なのかも。でも、永遠が倒れている可能性は……?
 静かなトイレ内に、換気扇の回る僅かな音だけが響いていた。
 ドアの下のすき間から覗いてみる? 屈んで覗こうとしたとき、

「!?」

 廊下のほうから男の声が聞こえてきた。
 ここは男子トイレ。こっちに来られたらまずい。
 焦っている間にも話し声は近づいてくる。いまさら出ていっても、男子トイレにいたことがばれてしまう。
 男子トイレに女がいた、なんて騒ぎは起こしたくない。
 出ていこうにも出ていけず、楽しげに冗談を交わしながら近づいてくる男たちの声は止まってくれるわけでもなく。いっぱいいっぱいのみのりには、空いているほうの個室トイレに隠れることを考える余裕もなかった。
 どうしよう……!
 青くなっていると、後ろから掛け金の外す音。振り向く間もなく手を引かれ、なかに引きづりこまれた。
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