アロマティック
「皆は邪魔者なんかじゃない」

 思ったより落ち着いた声が出せてホッとした。
 感情的になったら負けだ。
 緊張感の増す室内で、息を潜めたライオンに狙われているような感覚に襲われた。
 でも襲いかかるチャンスを狙っているのはライオンではなく、凌だ。

「なんでわたしにこだわるの? 立派な俳優になったんだから綺麗な女性をいくらでも選べるでしょ」

「確かに、可愛いひとや綺麗な女性からもアプローチはされてきた」

 そんな話しを聞かされても、心はなんの反応も示さない。
 嫉妬心が芽生える前に、あの日に全てが壊れてしまったのだから。
 売れっ子俳優なら、遊びも派手なのだろう。
 いまは、たまたま久しぶりに会ったわたしを相手に、ゲームをしているだけなのだ。わたしはそのゲームに付き合うつもりはない。

「モテモテで良かったね。そろそろ午後の撮影チェックに行きたいから道を開けてもらえる?」

 一刻も早くこの場から立ち去りたい。凌に伝わるように、大きな音をたてて椅子から立ち上がる。凌は微動だにしなかった。ただ、みのりの瞳を真っ直ぐ見るために顔の向きを変えただけだった。

「きみが消えてからぼくは他の女性とは付き合ってない。一夜限りの遊びもしてない」

「えっ……」

 その発言に衝撃を受けた隙を狙い、凌がみのりの右腕を掴んだ。ハッとしたみのりが腕を引いて凌を見上げても、離してくれることはなかった。動揺に揺れるみのりの瞳を、凌は静かに見おろす。

「あのとき、誘惑に負けるべきではなかった。ぼくは、きみだけを求めていたんだから」
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