アロマティック
「やめて」

 触られた腕から伝わってくる体温が思い出させるのは、最後に見た生々しい光景。
 思い出からも、自分の腕を掴んだ凌からも逃げ出したかった。
 凌が立ち上がり、両腕を掴まれ無理やり向き合わされる。

「やめて! 離して」

 怯え、震えるみのりは手を突っぱねて、逃れるようにめいいっぱい後ろに下がって首を振る。
 怖い。
 助けて。
 視界が涙で滲む。
 永遠……!

「みのり、俺を見て」

「いやっ」

「きみが好きで好きでたまらないんだ」

「やめて」

 必死になって求めてくる凌が、怖かった。

「もう1度―――」

「―――失礼」

 ふたりの間に入り込んだ違う声に、動きが止まる。
 開いたドアに寄りかかった永遠が、ふたりに聞こえるように手の甲で大きくドアを叩いていた。

「永遠くん……!」

 みのりのひきつった表情が驚きに見開き、安堵に輝く。

「凌、監督がお呼びだぞ」

「………」

 みのりの腕を掴んでいた凌は、迷った。みのりか仕事か。やがて結論を出した凌は、悔しそうにつかの間腕に力を込め、みのりを離した。
 黙りこんだまま身を翻し、大股で出入り口に向かう。ドアのところに立つ永遠の前を通りすぎるとき、

「……目障りだ」

 永遠が見も凍るような視線を投げかけた。凌が足を止める。あまり高さの変わらないその瞳をみすえる凌も負けていなかった。
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