アロマティック
 寝ていたはずの永遠が手首を掴み、こちらを見ていた。掴んだ手を離さずに、むくりと上半身を起こすとあぐらをかいて、開いているほうの手で目を擦っている。

「……おはよ」

 な、なに、この無防備な掠れた声。
 寝起きの永遠の声に、心を掻き乱されて一瞬なにも考えられなくなった。返す挨拶が遅れる。

「あ……お、おはよ」

 たった3文字なのに、みのりを落ち着かない気分にさせる破壊力。永遠の低音ボイスは体の中に入り込み、内側からとろけさせられる。
 守るものもない内側から攻められて、どう防御すればいいの?
 立っていたらフラフラと腰を抜かしてひっくり返っていたかもしれない。

「頭、大丈夫か?」

「頭?」

 ぼうっとしていたみのりは最初、何のことだかわからなかった。
 そうだ。わたしは昨日後頭部を打ち付け、たんこぶができているのだった。

「うん、大丈夫。目眩もしないし、触らなければ痛くない。だいぶ楽になったみたい。本当は置き手紙していこうかと思ったんだけど、永遠くん起きてるから」

 今日のアロマティックの撮影は昼前からで少し遅めなので、先に事務所でハーブティーを作って皆に渡してから、撮影現場で会いましょう、と伝えた。

「1日くらい休んだっていいんだぞ?」

「うん、でも、休むより仕事がしたい」

「そっか。わかった。でも俺が具合悪そうだと判断したら、みのりがなんていおうが休ませるからな」

「はい」

 みのりを見下ろす永遠の表情はすっかり目覚めたようで、彼の心配そうな顔を見上げて頷いた。
 至近距離で見つめあって、言葉が止まる。こうなると永遠の瞳に囚われて身動きが取れなくなる。

「おいで。抱きしめさせて」
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