アロマティック
「ぼくのほうはなんとか腫れも落ち着いて、痣になってるところはメイクさんの力でなんとかしてもらったよ。どうしたんですか!? って驚かれたけど」

「まぁ……そうだよね」

 殴られたなんていえば、誰に? という話しになってしまう。そうなったら大問題だ。
 それにしてもメイクさんの技術は凄い。
 凌の殴られた頬は僅かに腫れているけど、いわれない限りはわからないくらいの腫れだ。痣がどれくらいのものなのか、見た目からは判断できない。メイクさんの力に脱帽だ。

「みのりは大丈夫なのか? てっきり永遠さんに止められて来ないと思っていたよ」

 気づかいながらも以前と違うのは、凌のほうから距離をとって話しかけているということ。
 もうどこにも狂気じみたところはみられなかった。
 わたしも凌も、過去を乗り越えることができたのだと実感した瞬間だった。

「昨日の今日で、さすがに腫れは引いてないけど、普通に生活するぶんには支障ないから」

 話していると、現場の雰囲気が変わった。空気が変わった、とでもいうのだろうか。わたしの心をホッとさせる何かを感じた。
 永遠が近くにいる。
 姿を見る前から彼の存在を、体が感じとった。
 入り口から足音が聞こえ、振り返ると永遠が入って来るところだった。

「おはよう」

 永遠の視線が、みのりと凌を見つける。

「おはようございます」

 凌は頭を下げきちんと挨拶をし、みのりは挨拶の代わりに微笑んだ。永遠が凌の前に立ち、その顔をじっと見つめる。
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