アロマティック
「おつかれさま」

 僅かにワイングラスを持ち上げ、お互いを労う。

「永遠さんは積極的だね」

 監督と話している永遠を、凌が眩しそうにながめた。

「ひとと接するのが好きなひとだから。って、凌も主演だったんだから、監督とお話ししてきたほうがいいんじゃない?」

「打ち上げは始まったばかりだよ。時間はたっぷりあるから大丈夫。まず、みのりと話したかったんだ」

「そうなの?」

 凌との関係も良好で、すっかり普通に会話が出来ている。

「とうとうこの日が来ちゃったな」

 まつ毛を下げ、しんみりとワイングラスを見つめる凌になぜか引っ掛かるものを感じた。いつもと違う。ひとつの大きい仕事をやり終えたからかな?

「寂しい?」

「そうだね。楽しかったぶん、正直寂しいよ。このドラマのおかげで、みのりと再会することもできた……」

 昔を懐かしむような、穏やかな視線。

「こうして話しが出来るように、関係も修復できたからね」

 つかの間見せた憂いを帯びた表情は消え、思い残すことはなにもない、といった晴れ晴れとした笑顔を浮かべる。以前、見たことがあるなにか重大な覚悟を決めたときの表情。凌はなにか、大きな壁を乗り越えようとしている。

「そうだ。約束、覚えてる?」

「うん。明日だよね? 永遠くんもわたしも大丈夫だよ。でも、どうするの?」

「それはまだいえない。あとで、皆の前で挨拶するから、それ聞いて」

「?」

 結局、なにもわからないまま、凌は他のスタッフに引っ張られて違うテーブルに連れていかれた。
 明日、なにがあるの?
 凌はなにをしようとしているのだろう。
< 285 / 318 >

この作品をシェア

pagetop