こうべ物語
「とんでもない!私ではございません。駅でお見かけした時、お嬢様からご主人様に言うなとおっしゃられましたので。」
表情を見る限り嘘をついているようには見えない。
(じゃあ、誰が七海君の事をお父様に…。)
気にはなったが、今はそれよりもどのように説明すればいいかの方が先決だ。
「さっ、お嬢様。時間が経てば経つほどご主人様の印象が悪くなると思いますので。」
「…確かに。」
(よしっ!)
覚悟を決めたように麻里奈は家に入ると、そのまま廊下を奥まで進み、父親の待っている部屋の扉をノックした。
(返事がない…。)
返事がない事で、恐怖心が込み上げてくるのだが、体中に気合を入れて、ゆっくりと扉を開けた。
父親は大きな窓から外に向かって仁王立ちしている。
その背中がいつも以上に大きく見える。
「ただいま~。」
聞こえるか聞こえないくらいの声で半分に開けた扉から中へ声を掛ける。
その声に反応して父親がゆっくりと振り向いた。
その顔は今まで見た事もない形相だった。