こうべ物語
(七海君…。)
アパートの少し錆びた階段を登り、2階の一番左側の部屋。
七海の部屋。
郵便ポストには新聞が束になっている。
麻里奈は胸の鼓動を抑えながら、右人差し指で小さな呼び出しボタンを軽く押した。
反応がない。
もう一度押してみるが、やはり反応がなかった。
諦めて階段を降り、帰ろうとすると、アパートの脇を掃除している老人を見かけた。
「あの。」
誰かが何か知っているに違いないと思い、声を掛けてみる。
「2階の一番左側に住んでいる上沢さんって若い男性なんですが、不在みたいで…。何かご存じないですか?」
「上沢さんならいないよ。」
あっさりと返事が返って来た。
「もう1ヶ月も前に引っ越して行ったよ。」
(1ヶ月前…。)
携帯電話が不通になったり、バイトを辞めた時期と重なる。
(やっぱり…。)
父親によって神戸から追い出されたと確信した。
麻里奈は老人にお礼を言うと、石屋川駅に向かってゆっくりと歩き出した。
しかし、その顔は落胆していなかった。
自然と歩くスピードが速くなる。
(あの場所なら…、あの場所に…、必ず七海君はいる!)