沖田総司と運命の駄犬
鬼になれ~沖田side~
僕が、屯所に戻り、部屋に向かっていると、土方さんの小姓の前川さんが、僕を呼び止めた。
前川「沖田先生。土方先生が急ぎの用でお呼びです。」
沖田「ありがとう。」
何だろう?暗殺か何かかな?
僕は、部屋には戻らず、土方さんの部屋に直行した。
前川「土方先生。沖田先生をお連れしました。」
沖田「遅くなってすみません。何か急な用があると聞いたのですが・・・。」
土方「あぁ。まぁ、入れ・・・。」
前川さんは、一礼をして、その場を離れた。
土方さんの様子を窺うと、どことなく、思いつめた顔つきだ。
沖田「何かあったのですか?」
僕をジッと見て、土方さんは、息を吐き出した。
土方「今日の昼過ぎに、梓と占い屋 忠兵衛を見つけた・・・。」
沖田「え・・・?」
どうして、土方さんと梓が一緒に居たんだ?って、その前に、占い屋が見つかった?
沖田「見つかったって・・・それって・・・」
梓が、元の時代に帰るって事?
土方「あぁ。元の時代に帰れるって事だ。って、言っても、梓は、向こうに帰ったら、別人として生きていく事になるがな。」
沖田「別人って?」
僕は、占い屋で言われた事を聞いた。
沖田「ちょっ、ちょっと待って下さい!そんなの梓が、可哀想だ!そんな別人として生きていくくらいなら、ここに残らせます!僕が梓を嫁にもらい受けます!僕が、梓を護ります!」
土方「・・・っだよ!」
沖田「え・・・?」
何故か、土方さんは、涙を堪えて、僕の肩を掴んだ。
土方「総司・・・。お前じゃ無理なんだ・・・っ。」
沖田「何、言ってるんですか?僕は、もうわらしじゃありません!そりゃ、人としてまだまだ未熟者かもしれませんが・・・。」
僕の言葉を遮り、土方さんは、目から涙をこぼした。
土方「お前の・・・その咳は、風邪じゃねぇ。・・・労咳だ・・・っ。だから、お前じゃ、梓を護ってやれねぇんだ!」
沖田「な、何、言って・・・るんですか?ろ、労咳?・・・土方さん、医者でもないくせに、何で、そんな事を言うんですか?冗談でも言って良いことと・・・。」
土方「わかるんだよっ・・・。お前が・・労咳で・・・病で・・・っ。」
土方さんの指が、僕の肩に食い込む。
沖田「だから、なんで、土方さんが・・・っ。」
そんな事を言うんだよっ!
土方「俺が、お前の姿で、梓の居た時代に行って、梓をここに連れてきたからだっ!この先の事も、全て・・・わかってる!お前は、労咳で、人生を終わらせたって歴史に・・・歴史に残ってんだよっ!」
沖田「土方さんが、僕の姿で・・・?」
土方さんが、ポツリ、ポツリと話し出した。
土方「俺は、昔、あるおなごに呪いを掛けられた。そんな時に忠兵衛に出会った。それを解くには、未来でおなごを一人、この時代に連れて来ることだった。簡単だと思った・・・。おなごを口説き落とすなんて朝飯前だと・・・。」
そりゃそうだろう。
現に、梓も、“その気”になってたし。
土方「でも、全然ダメだった。未来へ行くときに、お前の姿になったからかとも思ったが、違う。どのおなごも、俺のことを信用してなかったんだ。」
信じられない。
土方さんが、時を渡ってたなんて・・・。
その前にどうして僕の姿?
沖田「どうして、僕の姿で行ったんですか?」
土方「未来では、俺の顔が知れてるからだと忠兵衛に言われた。だから、顔が知られてねぇ奴でって事で、クジ引いて、お前の姿になった。」
なんだか、適当に決められた気がするけど・・・。
土方「群がってくるおなごでも、全くダメで・・・。そんな時に、梓を見つけた。信じやすい奴ってだけで、騙して連れてきた。そしたら、俺は、この時代に帰れて、侍になれた。全てアイツのおかげだ。」
沖田「じゃあ、どうして、ご自分の側に置かなかったんですか!梓は、あなたにとって、命の恩人じゃないですかっ!それを僕の側に置いて・・・。」
土方「あいつは・・・。梓は、“沖田先輩”を信じてここまで来たんだ。全く知らない土地で、しかも、時を渡って来て、ここで、梓から見て、知らない男の側にいろっていうのは、あまりにも酷だろ?」
何それ?
これって、もの凄く梓を大事に想ってるって事じゃないか・・・。
今更ながら、土方さんの“本気の気持ち”を知る。
土方さんがここまで相手の事を想って行動してるのなんて見たこと無い。
いつもおなごには、何かをしてあげるところも見たこと無かったし。
それだけ本気だということ・・・。
土方「それに、おなごに興味が無いお前なら梓を側に置いても大丈夫だと思った・・・。」
確かに、最初は、邪魔で迷惑以外の何者でもなかった。
沖田「僕が、梓に惚れたのは、誤算だったと?」
すると、土方さんは、少し寂しそうにフッと笑った。
土方「あぁ。そうだな・・・。もし、梓が、来たら、お前の側に置いておけばいいと思って、チョコを大量に用意させてまでしたのに、今では、それを少し後悔している。まさか、お前が、梓に惚れるとはな・・・。」
そう言うと、土方さんは、少し遠い目をしたが、苦しそうに僕を見つめた。
土方「忠兵衛に、梓を向こうに帰らせる手筈を頼んできた。」
沖田「え・・・。ど、どうして・・・。」
土方「向こうの世は、色々あるが、ここのように、いきなり斬られたり、売られたりする事はほぼ無い。梓には安全だ。」
沖田「僕が・・・。」
「護る」そう言おうとしたら、言葉を遮られた。
土方「お前は、病で死ぬ・・・。その後、どうするつもりだ?」
沖田「だったら、土方さんが・・・っ。梓を連れてきたのは、あなたなんだから!別人になって生きるなんて可哀想だ!」
土方「俺も、ダメなんだ・・・っ。俺も、天寿は全う出来ねぇ・・・。それに、もし梓が、ここに、残ったとしても、これからの事に、耐えれるとは思えねぇ・・・。」
嘘?
土方さんが死ぬ?
それに、耐えれないってどういう事?
沖田「じゃ、じゃあ、山南さんとか、近藤先生やいっぱい居るじゃないですか!」
土方さんは、何も言わない。
沖田「え・・・?どういう・・・。まさか・・・。」
皆、天寿を全う出来ないって事?
僕は、フツフツと怒りが湧いてきた。
沖田「だったら、どうして、変えないんですかっ!未来を知ってるなら変えればいいじゃないですか!」
土方「何度、やっても、史実通りにしかならねぇんだよっっ!出来るものならとっくにしてるっ!」
沖田「そんな・・・。」
土方「俺らは、未来では、ラストサムライって呼ばれてる・・・。意味は、最後の侍だ。」
沖田「最後の侍?それって・・・。」
侍が無くなる?
意味がわからない。
土方「俺らが居なくなった後、梓をどう護る?あんなに襲われて、人の言うこと鵜呑みにする奴だ。いつか、きっと、傷つく事になる。だったら、別人でも、安全な所に帰してやった方が良いだろ?そう、思わねぇか?」
何も言えなかった。
確かに、僕の咳は、日毎に増している。
この世に、梓を一人にしてしまう。
家事もろくに出来ない梓が生きていける訳がない。
沖田「梓の居た所は・・・安全で・・・生きていくのには、困らないんですか?」
土方「あぁ。少なくとも、未来で暮らすのに慣れている梓にとっては、向こうで生きた方が安全だ。」
沖田「そうですか・・・。わかりました・・・。僕達・・・別れます。きっと、僕の側を離れないって言い出すから・・・。」
土方「すげぇ自信だな?」
沖田「当たり前です。僕達は、相思相愛だから・・・っ。」
僕は、こみ上げてくる物をグッと飲み込んで、立ち上がった。
部屋を出ようとしたとき土方さんが呟いた。
土方「総司・・・。すまねぇ・・・。」
僕は、一礼して、部屋の外に出た。